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サイエンスSeptember 2, 2020

効率的なナノマテリアル開発の為のアプローチ: SmartNanoToxプロジェクト【COMPASSマガジン】

安全性の保証に複雑な検査が必要で開発が難しいナノマテリアル。検査を効率化し開発を促進するには?
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Avatar ダッソー・システムズ株式会社

ナノマテリアルには多くの業界で無数の潜在的な用途があります。しかし、安全性を保証するために複雑な検査が必要とされているのが主な原因で、開発が難しく、時間がかかります。SmartNanoToxプロジェクトは、予測検査を使ってこの問題の解決を目指しています。


蝶の羽、海洋の水しぶき、しわ防止加工を施した生地、日焼け止めの共通点は何でしょうか。どれもナノマテリアル(極めて小さな粒子)でできています。

ナノマテリアルは、強度、化学反応性、または伝導性の向上などにおいて、大きなサイズの同じ材料とは異なる特性を示します。このような独特な性質により、ファッション、医療、自動車などのさまざまな業界で新たな可能性を開き、多くの製品の重要な要素となりつつあります。

天然または工業プロセスの副産物としてのナノマテリアルの特性は、すでによく理解されています。しかし、人工ナノマテリアルの挙動に関するデータは限られています。そのため、人工ナノマテリアル(および人工ナノマテリアルを使った最終製品)が生み出す健康上の潜在的なリスクを評価するのは極めて難しいのです。

潜在的危険性

ナノマテリアルは予測が困難な方法で人体や細胞に作用します。粒子のサイズが小さく、細胞に侵入すると人体の損傷につながる可能性があるため、粒子を吸い込んだ場合は、悪影響が生じる危険性があります。現在のところ、皮膚からの吸収がリスクとなるとは考えられていません。

消費者が吸入によってナノマテリアルに接触する可能性は低いですが、有害なナノマテリアルは製造工程に関わった人に危険を及ぼすことがあります。

「ナノマテリアルの評価に関する課題の一つは、非常に小さいため管理がとても難しいことです」と、の会長Claire Skentelbery博士は語ります。「高い反応性などのナノマテリアル特有の性質も、評価を難しくします。ナノマテリアルを使って何をするかによって、ナノマテリアルの挙動が異なってくるからです」  

SmartNanoToxプロジェクトで研究されている人工ナノマテリアルの一つ、表面修飾APTESルチルナノ粒子

を与える可能性を軽減するために、EUではナノマテリアルは厳しい規制のもとに管理されています。EUで販売する製品に使うナノマテリアルの製造を目指す企業は、EUのREACH(化学品の登録、評価、認可および制限に関する規則)およびCLP(危険有害化学品の新たな分類、表示、包装に関する規則)に従い、人の健康と環境の両方への影響に関する情報を提出し、潜在的なリスクを抑制する方法を示す必要があります。現在のナノマテリアル検査が複雑なため、このプロセスには時間と費用がかかる場合があります。

機械論的アプローチ

毒性検査の効率化を促進するために、EUはホライズン2020プログラム(学術界と産業界の専門家による共同研究)を通じてSmartNanoToxプロジェクトに資金提供しています。このプロジェクトは、ナノマテリアルが有害となりえる根本的なメカニズムを考慮して、ナノマテリアルの毒性を検査する手法を策定しています。

「終始一貫した機械論的アプローチが必要です」と、SmartNanoToxプロジェクトコーディネーター兼ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン准教授のVladimir Lobaskin博士は述べています。「機械論的とは、初期接触から有害性発現までに起こるすべての事象を追跡できるという意味です。生物学的には、有害性発現経路を追跡するということです。有害性発現経路は、細胞に損傷を与える一連の原因事象です。物理化学的には、生物学的反応を引き起こす、すべての分子間相互作用を特定するということです。これは一般的に行われているものではなく、SmartNanoToxプロジェクトの特殊な特徴です」

この詳細な分析が完了したら、取得したデータを使って有害性発現経路とその有害性を引き起こす性質の関連を明らかにできます。

「このアプローチの利点は拡張可能なことです」と、Lobaskin氏は言います。「対象となる性質を特定したら、新たな材料にその特定の性質がないか精査できます。機械学習アルゴリズムを使って学習したモデルで類似性を予測できるので、すべてを繰り返す必要はありません。材料が、特定した経路の最初の事象を引き起こす可能性を検査できれば、それが有害な結果を引き起こすかどうかを予測できます」

経路が割り出せたら、有害になる可能性があると特定された種類によって材料を分類できます。分類すると、潜在的に危険な性質を精査することで新しいナノマテリアルの毒性を予測できます。これは、従来の広範囲にわたる検査よりも手早く費用のかからない方法です。

「SmartNanoToxなどのプロジェクトでヨーロッパが実行しようとしていることは、ナノマテリアルの早期予測と設計を進め、安全性を向上させることです」Claire Skentelbery博士 ナノテクノロジー工業協会会長

例えば、ナノマテリアルが細胞に侵入する1つの方法は、細胞膜に付着して異物を抱き込ませることです。これは、付着エネルギーが十分な場合にのみ可能です。このプロセスをシミュレートすることで、SmartNanoToxチームは細胞膜とナノマテリアルの表面の間の付着エネルギーを割り出す方法を考案し、その材料が細胞に侵入できるかどうかを予測しています。

分類の利点

より高速で効率的な分類を実現することで、SmartNanoToxプロジェクトはナノマテリアルの利用を目指す企業が製品開発時にさらに大きな自信を持てるようにしたいと考えています。

「SmartNanoToxなどのプロジェクトでヨーロッパが実行しようとしていることは、ナノマテリアルの早期予測と設計を進め、安全性を向上させることです」と、Skentelbery氏は述べています。「これにより、設計工程の最後に検査して初めて人体に有害であることを発見するのではなく、設計工程の早い段階で予測できます。そして、確信を持てる製品を低コストで市場に投入できます。製品をいち早く市場に投入できるようになると、応用の可能性がより高まります」

Lobaskin氏は、この新しいアプローチは有害性の特定以外の用途もあると指摘します。ナノマテリアルが有害となる可能性があるかどうかを予測できるのと同様に、ナノマテリアルの有用性を最大化する特性も特定できます。

「機能を強化したい場合にも同じアプローチが大いに役立ちます。」と、Lobaskin氏は語ります。「私たちは、特定の性質と定量化可能な結果を関連付けしています。例えばナノマテリアルを使って細胞に薬剤を供給しようとする場合、供給する薬剤量を最大化できる材料を特定できます。そのため、このアプローチはその点においても拡張可能です。なぜなら、このアプローチを同じように利用して材料とその機能を最適化できるからです」

成功した場合には、SmartNanoToxプロジェクトはナノマテリアルの用途を変革できるでしょう。複雑で時間のかかる広範囲の毒性検査から解放され、企業はナノマテリアル特有の性能をフルに活用し、製造する製品の安全性と効果の両方に確信を持てるようになります。

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