IoT、スマートファクトリー、データ活用など、年々加速する製造現場のデジタル化の潮流。10年後、20年後の自社や業界のことを思い、最前線で変革を押し進める企業のリーダーの方々や、工場で実際に自らの業務を改善する現場の方々。そういった方々による、華々しい成功事例を目にする機会が、増えているのではないでしょうか。多くの変革者の方々と歩みを共にする弊社には、様々な視点からお客様に寄り添う、多くの社員がいます。変革の提案をおこなう営業担当者や、ビジネスの上流から共に変革を描くコンサルタント、現場の仕事とシステムをいかに良くするかに日々奔走する技術のメンバーや、成功した事例を世に知らせようとするマーケティング担当者など。そんな彼ら、彼女らが知る、変革の舞台裏、成功事例の行間に隠されたストーリーが、今まさに変革を進めようとする方々の一助となればと思い、それらの一部を紹介させていただきます。第一回目は、DXの要となる”現場のデータ”に関するお話をさせていただきます。
他国とくらべ極端に変化が遅い日本
先日、とある海外の大手メーカーが、完全に自動化された新工場を建設する計画だと、発表しているのを目にしました。竣工まで24時間体制で建設し、更地からたった2年半で完成を目指すというそのスピード感に、ただただ驚くばかりです。業界の特性として、市場変化が速いというのもあるかもしれませんが、それにしても、何千~何万と存在する工程をフルオートメーション化するのに、たったの2年半しかかからないとは・・・。ヨーロッパや中国をはじめとするアジア各国を中心に、モビリティ業界は未だかつて経験したことがないような、大きく速い変化の最中だと言われています。日本にいると、このような変化の速さを肌で感じることは少ないかもしれませんが、結局のところ、日本のメーカーも変化の速い地域の動きを見据えて、モノを作っていく必要はあると考える方は多いのではないでしょうか。そういった変化のひとつが製造DXです。キーワードとしては大いに浸透しているように思いますが、取り組みとしてはいかがでしょうか。
日本の製造DXの現状は、まだ発展途上
私たちはITを提供する側の立場として、「自社の技術を広めたい」、「デジタル技術で世の中を良くしたい」という想いがあり、製造DXのブームを作ろうと日々奔走しています。そのためもあってか、デジタル化のトップを走っている企業の、華やかな成功事例を目にする機会も増えているように感じます。しかしながら、実際に工場を持つお客様とお会いし、それぞれのお話を細かく伺っていくと、製造現場全体を俯瞰した場合には、「とりあえず電子化してみよう」とか、「電子化することで、今までよりも享受できるメリットもあるのだろうな」という目線のみでDXを眺めている人のほうが、はるかに多いように感じます。まるでひと昔前の“クラウド”のように、ある種のバズワードとして捉えて注目はしているものの、まだ本質的なアクションには辿り着けていない、あるいはデジタル化の先頭を走っているように見える企業であっても、社内で中心に立っている方々と、その周りのフォロワーとでは大きな距離がある・・・そんな感じではないでしょうか。
組織の固い壁がDXの足枷になっている
「DX(などの改革)をしたいが、“組織の壁“を越えられない」、どんな企業にも多かれ少なかれ壁はありますが、その壁が異様なまでに固い企業があるように感じます。一言で壁と言っても、設計部門と生産部門というようなシンプルな垣根だけではありません。その中には更に細かな壁が意思疎通を阻害したり、それぞれの思考の違いなどが、極端に対応を難しくしたりしています。大げさな話に聞こえるかもしれませんが、「隣のチームが何をやっているかもわからない」とか、設計担当者が「工場に行ったことがない」といった話すら耳にするほどです。壁が固い組織というのは、言葉を変えると、それぞれの自我がしっかりしているということで、平時は各工程、各チームや部署が自立的に機能し、他に頼らなくても滞りなく業務を回すことができている、そんな成熟した姿のひとつだと思います。しかし、真新しいものを創ったり、何か新しいことにチャレンジしようと思ったりすると、残念ながらその成熟が足枷になってしまうことも少なくないようです。
生産ラインのデータが固い壁を溶かす
長年にわたる努力と工夫、経験によって改善してきた工場の課題、その解決に向けてさらに前に進めたい。未知の問題に迅速にも対処できる、より強い工場に、より柔軟な組織に、仕事のやり方に変えていきたい。それなのに固い壁によって思うように物事が進まない。こういった状況を前に進めてくれる道具のひとつが数字です。言い換えると、定量的な数値で示すということで、その数値の元になるのが、たとえば不具合のタイミングや件数、その遷移や、何が起因してどんな風に不具合が生じたとか、それに伴う手戻りの工数といった製造データだったりします。どこの工程の不具合が多い、少ないとか、徐々にそういったことが分かってきて、段々と生産ラインの不具合を未然に抑制することができるようになったり、逆に「この工程には問題がない」という判断をしたりするにも、それを裏付ける定量的な根拠を持つことができます。こうして数字で事実を示すことが刺激となり、少なからず問題意識が芽生え、理解が広がっていくことで、徐々に工程やチーム、組織などの間にある縦割りの固い壁が溶けて、横串のカイゼンやチャレンジが可能になるのです。(今はまだ、現場の方々が、わざわざ工程やチームの間にある固い壁を破ってまで、こういったことをやっている姿はあまり見ないのですが、)近い将来、組織の壁を越えたカイゼンやチャレンジが、当たり前のようにおこなわれている姿に出会えたなら、生産現場の改革を支えようとしている私たちにとっても、とても励みになります。
肝心のデータがない
ここでひとつ、よく聞く課題があります。現状の問題点や効果を数字であぶりだして『見える化』していく ― その意義は理解しても、肝心のデータがないというのです。この工程のタクトタイムが何分かとか、先に述べた不具合のタイミングや件数、それに伴う手戻りの工数といった情報は、普段から数えたり、データとして貯めてはいても、いざという時にすぐに利用できなかったり、部署を超えて利用できるようにリスト化していないことも多いというのです。デジタルを生業にする私たちであれば、提案をする過程において、現場に出向き、仕様書や設計変更の履歴などから数字の基になる素材を見つけてきて、それをExcelでリスト化して件数を数えてみたり、Pythonで解析してみたり、色々とやってみることはできます。しかしながら、製造の現場にいる管理職の方々が、日常の設備や機器のメンテナンスに加え、こういった日々のデータのメンテナンスまで担うというのは、正直なところ難しいのではないでしょうか。
現場のデータを計るのは意外と大変
工場で工数を計測しようと、人間がストップウォッチを持って現場に出向き、各工程に1対1で向き合って計測している様子を見ることがあります。量産品であっても、ラインに流れている全てのバリエーションを計測するという、骨の折れる作業です。それに、一品ごとの生産数が少なくバリエーションが多い製品の工場ともなると、1日現場に張り付いても、その日にラインに流れていた仕様のもののことしかわかりません。つまり、自社の膨大な製品バリエーションのうち、その日にラインに流れているものの工数しかわからないのです。恒常的にデータをとるために、作業者のヘルメットにRFIDを付けて、屋内位置測位システムでリアルタイムに作業者の居場所をトレースする仕組みを作ろうとしている工場に出会ったことがあります。これはたとえば、Aさんが○○の組み立ての工程にいたら「おそらく着工中だろう」、倉庫に向かっていたら「おそらく部材を取りに行っているだろう」、この部屋にいたら「おそらく休憩中だろう」と計測する方法です。同じような方法として、人ではなく製品が乗っているパレットにRFIDを付けて、パレットの稼働時間をトラッキングすることで、どの工程でどのくらい工数がかかっているか、どのくらい滞留しているのかというのを、計測しようとしている工場もあります。これなら確かにデータは取れますが、残念ながら、いずれも”みなしデータ”に過ぎないのです。
最もシンプルに、全てのデータを取るには、マニュアルでのデータ入力が一番
それでは常日頃、工場の工数や不具合などのデータを計測し、それらを使える数字にするためにはどうすればよいのでしょうか。最もシンプルで確実な方法、それは作業者自身がデジタルデバイスに情報を入力する方法です。たとえば、ひとつひとつの工程の業務において、各作業者が「今から作業を始めるよ」というときに、モニターで”着工”のボタンを押す。そして作業が終わったら”完了”のボタンを押す。不具合が起きたらそれを入力する。私たちはこの、作業者自身が手動で入力するという方法であれば、だれもが対応でき、すべての製品バリエーションの、すべての工程において、網羅的に、かつ正確性高く、データを取り続けられると考えます。(ちなみに、ストップウォッチで作業時間を計る代わりに、「そのひと手間をしてください」と言うと、現場から「なんでそんなこと!忙しいんだぞ!」という、変化に対するアレルギー反応的な反発の声や、作業者のボタン押し忘れをどうするかといった問題もあったりするので、それについてはまた別の機会にお話しできればと思います。)
正確で網羅的にデータを取ることにより、大幅な生産性向上が期待できる
こうして現場のデータを正確に取り、デジタルで貯めていくと、自動的に実績を出せるようになります。すると、ダッシュボードに日々の稼働率や何種類ものKPIを表示できるグラフなどを仕込んだりして、現場の管理者が、「ここの編成が上手くないね」とか、「○○さんの負荷が高く(低く)ないか?」とか、「ここの編成替えにムダがあるね」といった具合に日々の調整をできるようになってきます。こういった変化により編成効率があがることで、今まで20分のタクトタイムで回していた仕事が16分でできるようになったりし、組み立てラインの生産性が上がり、工場全体の生産性が上がるのです。20分のタクトタイムが16分になるというと、組み立てラインの生産性が20%向上するということで、大げさなようですが、事実としてそのくらいの成果があがることは珍しいことではありません。工場のマネジメントに携わったことのある方であれば、アジアなどの新興国と比べて人件費の高い日本の工場において、この20%という生産性の改善がもたらすビジネスインパクトが、いかに猛烈なものか容易にご想像いただけるのではないでしょうか。
さて、今回は製造DXにおけるデータの取り方と用途、そのビジネスインパクトについて、簡単に説明をさせていただきました。次回は製造DXを推進するうえで重要になってくる、目的の設定について、QCDのうちのC=コストについて、お話できればと思います。