前回から続く
街づくりからエンターテインメントまで
谷本 いままでのお話をまとめると、現実には製品になっていない自動車の制御挙動に、手術前検証のシミュレーター……。「3Dエクスペリエンス」製品が貢献できる分野は、想像以上に広がっているというお話でした。実際にはさらに広い範囲で、さまざまな形でシミュレーションが行われているわけですよね。
鍛治屋 仰るとおりです。例えばもっと大きなスケールで言うと、都市開発のようなものにも適用されています。われわれはいま東京に住んでいますが、日本や世界の主要都市インフラってだいたい江戸から明治時代の人口や経済をベースに設計されているのです。各種の推計を見ると、日本全国でだいたい2500~3000万人くらい。
谷本 となると、本来の都市の機能からすると4~5倍の人口がつめ込まれているわけですよね。人口が減少に転じているとはいえ、都市はそれでも成り立つものなのですか。
鍛治屋 ピーク時の日本は本当にぎりぎりだったと思います。あれ以上になっていたら、上下水道からエネルギーまで再整備が必要になっていた。実はいま、シンガポールが同じような状況になっています。シンガポールは東京よりも狭いですし、都市の発展の為には多くの海外企業からの投資が必要になる。ビジネス面でも魅力的な都市開発が要求されています。ダッソー・システムズではシンガポール国立研究財団と都市の再開発整備プロジェクトを行っています。GPSで精緻なデータを取り、3D-CADで補正し現実の街や建物と重ねあわせる。駅やミュージアム、公園などの基幹施設と、交通やエネルギーのインフラなどをどう整備するか。そうした課題を3DEXPERIENCEプラットフォームで解決しようとしています。
谷本 人の動きなどを反映することで、より本物に近いシミュレーションができるということでしょうか。
鍛治屋 そうですね。それこそ「百聞は一見にしかず」といいますが、こんな映像があります。
鍛治屋 建物内や裏側など見えない部分ではもちろん、風の流れなども組み込むことができます。さらに細かいところだと、熱が滞留しやすい道路の端のほうの温度シミュレーションもできる。災害時の人の動きなども含めたシミュレーションができるので、不慮の事態を想定した都市設計の精度を上げることもできます。さらに言うと3DEXPERIENCEプラットフォームのなかには、SNS機能もあるので住民の声を聞きながら、世論の声を反映した精緻なまちづくりができる。
谷本 ベースとなる技術・思想が3Dモデルだけに、建築や都市設計というジャンルには蓄積された知見も多い。かゆいところに手が届く仕様になっているのですね。
鍛治屋 長年培われた技術としての深まりはもちろん、使われ方のバリエーションも広がりますよね。例えば学術分野では、ハーバード大学の考古学チームと協力して、クフ王の時代の古代エジプト遺跡をすべて三次元化するという教育プログラムも開発されています。大英博物館をはじめ、世界中の博物館に行って関連する収蔵品をスキャンし、細かくデータを入力して、3Dモデル化していく。すると実際のピラミッドの内部に入っていくような3D体験も可能になるのです。
谷本 視点が変われば専門家にとっても、新しい発見があるでしょうし、学術やエンターテインメント分野などへのすそ野も広がりますよね。
鍛治屋 そうですね。3Dのインタラクティブな状態で体験してもらうと、人の理解は圧倒的に深まります。実は先程のクフ王の遺跡のプロジェクトは4年くらい前のものですね。最近では、パリの街の創世記――紀元前から現在まで町並みがどのように変わってきたか。その変化を3Dで体験するプログラムもあります。「パリ発祥の地」とも言われるセーヌ川の中洲――シテ島に始まり、中世のルーブルの古城ができ、エッフェル塔が建造され……という変遷がひとめでわかるものです。
谷本 圧倒されますね! しかもこうした手法はパリだけでなく、東京、ニューヨーク、ロンドンなど世界中の都市で適用できそうに思えます。
鍛冶屋 仰るとおりです。文化の集積・蓄積という学術的な観点からの、社会貢献とも位置づけています。パリで言えば、ピンポイントで「9世紀のシテ島」などを掘り下げるのにも役に立ちますし、パリの変遷という大きな流れを3D映像とともに体験するだけで、情報深度や定着度は大きく変わります。単純に、「見たい」「知りたい」という知的好奇心を刺激されるだけでも、楽しいですし。
谷本 いままでにない角度からものを見られるようになると、気づきも多様になりますよね。
鍛治屋 教育・学術領域との親和性は高いですね。たとえば、静岡のエコパで行われる、学生が企画・設計・製作した小型レーシングカーの完成度を競う「全日本学生フォーミュラ大会」の協賛をしています。希望したチームにはSOLIDWORKSのアカデミックライセンスを提供していて、現在では参加90チーム中60チームに使ってもらっている。ほかにも「全日本学生室内飛行ロボットコンテスト」で、自作機を作る学生チームも私どものツールを使ってもらっている。新しい気づきを得る、いままでにない発想で物事に取り組む、そして知見を深める。そういった方面のお手伝いもしていきたいですね。
谷本 学生の話もそうですが、情報は技術によってある意味フラット化というか、誰の手にも取りやすいものにできる。エンターテインメント領域にも非常に適したコンテンツだと感じます。
鍛治屋 見るだけで楽しいですものね(笑)。日本の話をするならば、3Dはゲームやマンガといったサブカルチャー領域にも非常に適していると思います。
谷本 「初音ミク」など、まさに3D技術を使ったキャラクターもあります。
鍛治屋 そうなんです。3Dは、ニーズ、ポピュラリティともにサブカルチャーを含めたカルチャー領域に非常に適している。われわれとしては、そこにGPSによる位置情報やVR、ARなど付随する技術や概念を自由自在に盛り込める、プラットフォームづくりをさらに前に進めていきたいですね。
谷本 なんだか私も使ってみたくなりました。具体的に何をすればいいのかは、全然わかりませんけど(笑)。
鍛治屋 そういう課題解決のお手伝いをするのも、我々の仕事です(笑)。
次回へ続く
Text/Tatsuya Matsuura Photo/Soichi Ise
<プロフィール>
鍛治屋清二●ダッソー・システムズ株式会社代表取締役社長。ソフトウェア関連の複数の外資系企業にて代表職等、要職を歴任したのち、2009年にダッソー・システムズ株式会社にPLM(製品ライフサイクル管理)バリューソリューション事業担当役員として入社。2012年5月代表取締役執行役員兼務。同年12月代表取締役社長就任。「3Dエクスペリエンス」製品群を活用して、仮想空間のなかで臨場感あふれる3D体験を一般消費者までもが共有できる環境づくりに邁進する。
谷本有香●経済キャスター/ジャーナリスト/コメンテーター。証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、2004年米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスターに。2011年5月からは同社初の女性コメンテーター。同年10月からフリー。トニー・ブレア元英首相、マイケル・サンデル ハーバード大教授、ジム・ロジャーズ氏の独占インタビューをはじめ世界のVIPたちへのインタビューは1000人を超える。また、ジャーナリストならではの観点から企業へアドバイスを行う。