谷本 ダッソー・システムズという企業には「知る人ぞ知る」といった印象があります。少なくとも日本国内では、これから知られていく企業だと思いますが、どういった会社なのか、簡単にご説明をお願いできますか。
鍛治屋 もっともわかりやすい事業としては、自動車や航空機など製造業にまつわる設計、生産のためのエンジニリング・ソフトウェアを提供しています。「ダッソー」というのは、ダッソー・アビアシオンというフランスの航空機メーカーが大元になっているのです。
谷本 「ダッソー」の創業は、第2次世界大戦前ですよね。
鍛治屋 そうですね。当時は「ミラージュ」などの軍用機も作っていた頃です。ダッソー・システムズは1980年代になって、そのダッソー・アビアシオンの情報システム部門の人たちや開発職、数十人が独立して設立された企業なのです。
谷本 「ダッソー」にはさまざまな関連会社があるそうですね。グループとしてはコングロマリットで、そのソフトウェア部門としてダッソー・システムズという企業があるという認識でいいのでしょうか。
鍛治屋 そのとおりです。グループとしては多岐に渡っています。日本でもなじみ深いところでは、雑誌で知られるFIGAROという出版社もグループ内の企業です。ボルドーでワインを造っているシャトー・ダッソーというワイナリーもありますし、不動産など多方面の企業があります。
谷本 いわゆる「コングロマリット」と言える企業体ですね。日本法人の立ち上げは、いつ頃のことでしょうか。
鍛治屋 1994年ですから、約20年前ですね。ただそれ以前から日本企業との付き合いは深かったのです。1980年代、まだ本田宗一郎さんがご存命の当時から、ホンダとはお付き合いがありました。実はホンダは、大手としては世界で2番目のお得意先なのです。ほかにも自動車ならトヨタ、航空機ならエアバスやボーイングなどにも導入していただいています。
谷本 ものづくりメーカーで設計関係のソフトウェアというと、建築の設計で使うCADが想起されるのですが。
鍛治屋 北京オリンピックスタジアムや フォンダシオン ルイ・ヴィトンと言った大規模な構造設計を必要とする建造物はまさに3次元の設計ソフトウェア、CATIAがベースになっています。さらには実際に製品が世に出たとき、都市の再開発などで必要なエネルギー効率や上下水道など実際機能するのかというようなシミュレーション機能を盛り込んだソフトウェアや、データ管理、進行管理をサポートするような性格のものまで、現在「3Dエクスペリエンス」を実現するための12のブランド・アプリケーションがあります。
谷本 その「3Dエクスペリエンス」。ダッソー・システムズという企業とその事業をあらわすのに、欠かせないキーワードですよね。どういう意味で使われているのでしょうか。
鍛治屋 「経験経済」という概念がありますよね。
谷本 単に機能としての価値のみの商品やサービスは、コモディティ化――置き換えが進んでしまう。商品やサービスだけを提供するのではなく、顧客の情緒や感性に触れる経験をも提供することで、替えのきかない、より強いブランドを構築できるという考え方ですね。
鍛治屋 そうです。1990年代後半からアメリカで話題になり始めて、いまや誰もが「経験」を買う時代になっています。iPhoneなどはまさに象徴的ですが、モノやサービス自体ではなく「iPhoneを使う」とか「iPhoneでLINEを使ってコミュニケーションをする」という経験を買っている。われわれはB to Bの企業ですが、取引先には B to Cの企業も多い。つまり「B to B to C」までにらんだ仕組みづくりを提案する。それがわれわれの使命です。
谷本 B to B、B to Cを問わず、直接モノやサービスを得るだけでも大変な時代です。直接の取引先のさらに向こうまで見据えての提案となると、製品やソリューションづくりのハードルが相当高いように思えるのですが。
鍛治屋 その通りです。ハードルは高い。だからこそ、われわれが提供するソリューションに価値が生まれるのです。例えば、あるメーカーさんが新製品を開発したとしましょう。ではその製品はどの地域で売れるのか。生き馬の目を抜くような現代では新製品が他社のものと似通うこともある。だからリサーチもスピーディに、高い精度で行わなければならない。「3Dエクスペリエンス」という技術は、そうした新製品がどんな消費者に受け入れられ、暮らしのなかでどう役立つのか。数字だけでなく、映像として可視化することができる。
谷本 ソリューション上で「経験」することができるわけですね。
鍛治屋 「to C」という領域で言うと、例えば最近のクルマのCMにおける走行シーンなどはCGが多いのです。
鍛治屋 現在のソフトウェアは、開発の途中のスペックなどのデータを打ち込むと、CGで実車の挙動を再現できる。もちろん、カタログ用の画像だってつくることができます。CMやカタログはある種の「経験」を伝えるためのもの。そうしたツールは消費者とのコミュニケーションだけでなく、「to B」の営業・マーケティングツールとしても役立ちますよね。
谷本 「経験」を伴ってこそ、伝わるものがある。製品が世に出る前からそうしたコミュニケーションができると、事業がスピーディに展開できる。すなわち企業の競争力も上がっていくわけですね。
次回へ続く
Text/Tatsuya Matsuura Photo/Soichi Ise
<プロフィール>
鍛治屋清二●ダッソー・システムズ株式会社代表取締役社長。ソフトウェア関連の複数の外資系企業にて代表職等、要職を歴任したのち、2009年にダッソー・システムズ株式会社にPLM(製品ライフサイクル管理)バリューソリューション事業担当役員として入社。2012年5月代表取締役執行役員兼務。同年12月代表取締役社長就任。「3Dエクスペリエンス」製品群を活用して、仮想空間のなかで臨場感あふれる3D体験を一般消費者までもが共有できる環境づくりに邁進する。
谷本有香●経済キャスター/ジャーナリスト/コメンテーター。証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、2004年米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスターに。2011年5月からは同社初の女性コメンテーター。同年10月からフリー。トニー・ブレア元英首相、マイケル・サンデル ハーバード大教授、ジム・ロジャーズ氏の独占インタビューをはじめ世界のVIPたちへのインタビューは1000人を超える。また、ジャーナリストならではの観点から企業へアドバイスを行う。