地球の表面の75%は海で覆われていますが、海ではどのような営みが行われているのでしょうか。食料を育み、気象パターンを生み出し、複雑な海流を作り出して地球を冷やしていますが、多くはいまだ謎のままです。気候変動や環境汚染、人口増加によってこうした営みにひずみが生じる中、地球の海に対して速やかに賢明な対応策を打つ競争がすでに始まっており、多くの研究者が3Dによるモデリングやシミュレーションを活用してその進捗を速めようとしています。
地球の五大海洋循環(海流旋回渦)の穏やかな中心部では、ごみが浮遊する巨大な海域が徐々に広がり、ペットボトルや放棄された漁具、非常に小さなマイクロプラスチック粒子などが海面下数フィートにわたってスモッグのように垂れ下がって浮いています。2兆個ほどのプラスチックが数百万平方キロメートルに及ぶ海域のあたり一面に漂っており、毎日そこに新たなプラスチックが流れ込んでいます。
しかし研究者たちはついに、こうした海域のごみを取り除く手段を手にするかもしれません。2019年10月に、数年に及ぶ調査期間を経て、オランダに本拠を置く非営利団体「オーシャン・クリーンアップ(The Ocean Cleanup)」が、最大のごみ浮遊海域である太平洋ゴミベルト(GPGP)で浮遊式ごみ収集装置の試作機がミッションを成功させたことを発表しました。
オーシャン・クリーンアップのごみ収集装置は必要な機能をすべて備えており、太陽エネルギーで動くU字型のフェンスには海面下に垂らす網目状のスカートが付いています。海流に合わせて動き、プラスチックを収集しますが、魚や海洋哺乳類はフェンスの下を安全に泳ぐことができます。考え方はシンプルでしたが、このごみ収集装置の開発は難航しました。7年を要した作業では273回の縮尺模型テスト、6台の海上試作機、史上初となるごみ浮遊海域の総合的な調査・測量、30隻の船、航空機1機、さらにはごみ収集装置の発明が海洋生物に対して及ぼす影響に関する4ヵ月に及ぶ調査が必要でした。
ごみ収集装置の初期の3Dモデリング実験は粗削りなもので、ゴミと捕獲用フェンスがどのように影響しあうのかを完全な球体を使用して予測していました。しかし研究者はすぐに、実際の浮遊ごみは形や組成、大きさがさまざまであり、捕獲用フェンスとごみは異なる2種類の速度で動くことを理解しました。この点はシミュレーション構築時には想定していませんでした。
収集するごみのことや、対象海域の水の循環のことがより詳しくわかってくると、研究者たちはそうしたごく小さなデータ点をより正確に4Dモデル化(4番目の次元は時間)することにより、順調に進んでいた「システム001/B」の開発を加速させることができました。このごみ収集装置は思ったよりも効果的で、目に見えるごみだけでなくマイクロプラスチックも回収することができます。
発表するまでに長い年月を要したオーシャン・クリーンアップですが、それはまた、「3Dバーチャル・モデリング」と「海洋保全の取り組み」の間の進化し続ける関係も明確に示しています。新たなテストを重ねるたびに利用できる海洋データが増え、一方で少しでも新しいデータが明らかになるとそのたびにシミュレーション・ソフトウェアが改善され、急速な海洋環境悪化のスピードを上回ることを願いながら発見を進め、研究コストを抑え、新しいテクノロジーのテストを加速させました。
フランス海洋開発研究所(IFREMER)の水中システム部門の前責任者であり、同研究所の地中海センター責任者でもあるVincent Rigaud氏は次のように語ります。「海を徹底的にモデル化、シミュレーションして可視化する機能は、緊急性と複雑性の観点から今後ますます使われるようになるでしょう。海で行われるテストや認証は非常にコストがかかるため、4Dモデルの利用は競争力を高める上で重要であり、コストや効率性を最適化する上でも重要な課題になります」
広がるソリューション
3Dや4Dによるモデリングやシミュレーションを利用して海のことをより詳しく知ろうとしているのは、上記のオーシャン・クリーンアップだけではありません。たとえばブロック島風力発電所は、ロードアイランド州の沖合6kmの洋上に設置された米国で初めての商用洋上風力発電所です。5台の風力発電用タービンを備えた最大定格出力30メガワットの発電設備は2016年12月に運用を開始し、今後10年間で合計12ギガワットの電力を生み出すことができる、同じような洋上風力発電プロジェクトの計画を後押ししました。
また、「すべての開発において、建造開始前にデータが必要になります」と語るのは、米ボストンに拠点を置くDive Technologies社の最高経営責任者(CEO)、Jerry Sgobbo氏です。同社は、SeaAhead社の支援を受けて自律型無人潜水機(AUV)やロボット潜水艇を開発するスタートアップ企業です。SeaAhead社は、持続可能な海洋利用の課題に対する画期的なソリューションに焦点を合わせたスタートアップ企業を対象にしたベネフィット・コーポレーションです。「太平洋や大西洋のより深い海域の科学的な調査に我々のさまざまな無人潜水機を使ってもらえるといいのですが。深海に到達できれば、より効果的にデータを収集できます」(Sgobbo氏)
Dive Technologies社のビジネスモデルはこれまでにない画期的なものです。ほとんどのAUVはとてつもなく高価なもので、一回だけ使用する潜水機を大学の研究室で特定のプロジェクト向けに手作業で建造し、その後は二度と使われることはありません。Dive Technologies社は、さまざまな研究ニーズに対して何度でも構成や構成変更を繰り返すことができる、再使用可能なAUVを開発するという課題に3Dモデリング技術を適用することにより、そうした無駄の多いパターンを変えたいと考えています。同社は研究者に潜水機をレンタルで提供しようとしており、使い終わったら次のプロジェクト用に構成を変更します。
「我々は、大型の観測機器を搭載するための改造や外側のデザインの変更、流体力学や数値流体力学の計算に3Dソフトウェアツールを使用しています。いずれも建造できることが必要なので、建造しやすさを考慮したモデルを作成するのに要する時間を数週間程度に短縮しています。時間はとても重要です」
Jerry Sgobbo氏 Dive Technologies社、最高経営責任者(CEO)
Dive Technologies社は3Dモデリングを活用してベースとなるAUVモデルを設計し、その後、センサーや電力、浮力プロファイルのパフォーマンスをバーチャルに予測することで、それぞれの用途に合わせて迅速に艤装を施します。この3Dソフトウェアを利用すると、設計者は個々のUAVのデザインを予定している任務に合わせて迅速に最適化(あるいは既存のものを再設計)することができます。
Sgobbo氏は次のように語ります。「これまでのようなやり方で建造するつもりはありません。我々は、大型の観測機器を搭載するための改造や外側のデザインの変更、流体力学や数値流体力学の計算に3Dソフトウェアツールを使用しています。いずれも建造できることが必要なので、建造しやすさを考慮したモデルを作成するのに要する時間を数週間程度に短縮しています。時間はとても重要です」
教育・啓発活動の役割
時間はとても重要ですが、教育もしかりです。そして3Dは、教育でも重要な役割を担っています。「水の惑星」地球で海が果たす役割を研究する研究者たちが必要な資金や認可を得るためには、政治家や世間一般の人々が地球の危機的な状況を理解する必要があることを、研究者たちは知っています。
2019年8月に、ドイツやカナダ、米国、フランス、イタリア、英国、日本(先進7ヵ国)の議員たちがブレスト湾の近くに集まり、ウエットスーツを着用してではなく、バーチャル・リアリティ(VR)を介して海底の熱水チムニーや深海を体験しました。このバーチャル体験はフランス海洋開発研究所(IFREMER)の会合の最中に提供されたもので、議員たちは研究内容を容易に把握し、海洋生物由来の薬の新発見や環境汚染対策、また漁業や海上輸送、海洋開発を律する法規制の最新情報についても容易に理解することができました。
「海底やその生物多様性に関しては、わかっているのはわずか数パーセントであり、生態系は変化しています。そのため、科学的な面で必要になる取り組みについては、緊急性と重要性が高いのです」
Vincent Rigaud氏 フランス海洋開発研究所(IFREMER)、地中海センター責任者
G7会合に参加した大臣たちはこのVRで、現実の世界では深海の猛烈な水圧に耐えられる学術調査用潜水艇でしか行くことができなかった海域を体験しました。
世界26拠点に展開しているフランス海洋開発研究所(IFREMER)は世界中にあるさまざまな海洋センターの一つであり、データ収集用の多数の水上艦や潜水艦、グライダーや航空機、衛星や自律型海洋観測装置ネットワークを運用し、海岸線や海洋、海底を監視しています。同研究所の研究者は、懸命にデータを収集しているだけでなく、収集したデータを読み解いて海を保護する行動につなげ、鉱物資源やエネルギー資源を調査・測量・管理し、漁業や養殖業も支えています。
時間は今や大切な資源です。進捗を加速させるために、Rigaud氏はG7での経験を踏まえ、テレプレゼンスや遠隔保守、拡張現実、設計・教育に使用できるイマーシブな3D環境の開発を主導しています。こうした環境を2022年までに整備する予定で、その後は衛星を経由して船や海上の観測装置とつなぎ、遠隔操作でリアルタイムの科学実験を行うことになります。
Rigaud氏はこれを「グローバル・デジタル・オーシャン」と表現し、IoT(モノのインターネット)に対応したデータ収集機能と組み合わせると、「海洋動物の記録を取るバイオロギングなどの機能を利用して我々の海洋監視能力を高められる」と語ります。「イマーシブな環境で3Dバーチャルモデルと実際の状況とを組み合わせることは、デザインや操作を見極めて最適化する上で極めて重要です」
「世界中の海で負荷が大きくなっていますので、新たな発見もスピードも同じように重要です。海底やその生物多様性に関しては、わかっているのはわずか数パーセントであり、生態系は変化しています。そのため、科学的な面で必要になる取り組みについては、緊急性と重要性が高いのです」
Mission Oceanプロジェクト
Mission Oceanプロジェクトは、ラ・フォンダシオン・ダッソー・システムズがフランスの国民教育省やONISEP(教育や職業に関する情報を提供するフランスの国立機関)、CANOPé network、フランス海洋開発研究所(IFREMER)とチームを組んで立ち上げられました。このプロジェクトは、中学校やコレージュ(フランスの前期中等教育機関)の生徒に「バーチャルな世界」、すなわち3Dモデリング、バーチャル・リアリティ(VR)実験、数値シミュレーションを通してさまざまな学びの場を提供します。
Mission Oceanは、たとえば海のことを知り、新たな研究経路を探り、業界や研究のプロフェッショナルの専門知識の恩恵を受け、プロジェクトを進展させて青い地球を守るなど、生徒をさまざまな面で支援する目的で立ち上げられました。向こう3年間をかけて、10名の教師が協力しながら生徒用の3D教材や体験モジュールを開発します。教材では主に海洋汚染問題を扱い、また、海洋保全や海に関する知識をサポートする職業も扱われます。
企業はどのようにしてより持続可能性に優れた海洋ソリューション開発方法を見い出しているのでしょうか。こちらで詳細をご確認ください。
Top image: The Ocean Cleanup used 3D simulation to design and improve the boom design for its plastic-collections effort in the Great Pacific Garbage Patch. 3D design and simulation can increase the pace and effectiveness of design and reduce the need for physical prototypes. (Image © The Ocean Cleanup)