日刊工業新聞 2019年2月4日掲載(日刊工業新聞の許可を得てブログに掲載しています)
デジタルが理想を形に
限られた枚数からなるトランプカードの塔のように、ここ2世紀の間、世界は限られた知識と原材料と縦割りの経済で成り立ってきた。スケールメリットによって健康や教育が行き渡り、快適性が飛躍的に向上した一方で、環境、地域性、暮らしの質は犠牲となった。この間先進国は持続性に欠ける開発スキームを利用してきた。しかし現在、先進国は、この開発スキームを利用する発展国を責める自己矛盾に陥っている。
【地球規模の共生に向けて】
今日の進化を考える上では、資産負債総合管理(ALM)、すなわち地球環境をバランスシートとして見た場合の資産と負債の関係性に目を向けることが肝要である。この均衡が、自然界の持続可能性を特徴づけている。新しい価値を届けるために、人類は共有する生態系から、設計者は自分を取り巻くエコシステムから何を得られるだろうか。
一般に、産業は常に自然と相対するものと考えられている。産業は与えるよりも多くを破壊してきたというのが現代の人々が抱くイメージである。しかし、産業はもともと均衡を内包している。何より産業は世界の内部から「生まれて」くるインスピレーションの投影である。ある集団にとって有用であり、入手可能で複製可能な何らかのモノを生産するために編成された個々人の知とノウハウの集合体が産業である。社会全体の共生に向け、前世紀までの枠組みから抜け出し、自然環境や人々の生活と製品の調和を図ることができれば、産業は人々の救い手となれる。
これが21世紀の産業の根幹であり、真のイノベーションの原動力であり、あらゆる経済分野における企業の持続可能性のカギである。だからこそ「自然環境や人々の生活と製品の調和」はダッソー・システムズの存在意義であり、戦略であり、企業価値を形成する基本となっている。私が前回まで触れてきたエクスペリエンス・エコノミーも、同じ文脈で理解する必要がある。個人のエクスペリエンスの優劣ではなく、社会全体に届けられるサービスという包括的な視野で捉えることで、初めてエクスペリエンス・エコノミーが成立する。
【企業の持続可能性を左右】
今世紀は「生きて進化するマテリアル」の世紀だ。バイオサイエンス、材料科学、情報科学により、生命の最適化の謎が解き明かされ、産業はその形を変えることになる。我々はハードサイエンスを通した世界観に慣れ親しんでいるが、今後は「演繹(えんえき)」よりも「総論と合意」を処理のベースとする生命のありかたが、我々の思考体系の基本となるのだ。
人類は世界を観察するが、地球もまた、我々を見ている。こうした視点の切り替え、すなわち生命に対する深い理解とエンジニアリングサイエンス、設計芸術との融合がイノベーションのきっかけとなり、未来への方向性を定める。近い将来に増えるのは、メーカーの数ではなくモノの数である。例えば付加製造は、原子の組み合わせから材料のモデリングを実現し、はるかに持続可能な産業システムの開発に寄与している。
【学び、共有「生きて進化」】
デジタル世界が産業の最適化をコントロールする時代がやってくる。設計や使用法が進化を続ける「生きた」性質を持った新しい製品(モノ)が台頭するだろう。ある意味で、現在の人工知能(AI)は原始的ともいえる。つながったモノは、もはや使用前と後では同じモノではないからだ。新しい世界において産業界は新しい適用領域を創り出し、複数の使用シナリオを仲介し、生産のアートを変革しなくてはならない。今こそ想像する力、学ぼうとする情熱、前に出ようとする意欲、行動のアートが不可欠となる。この世界でデジタルは想像力と有用性と持続可能性をつなぐ絆となる。
こうした中、企業はその存在意義を明確に意識することが重要だ。何かを理解し、学び、共有する上で、我々が持っている膨大な手段は倫理観に裏打ちされるものでなければならない。理想こそが、人と人の協力から生まれる、人類のイノベーションの途方もない可能性を解き放つ。
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「インダストリー・ルネサンス 」ダッソー・システムズ取締役会副会長・CEO ベルナール・シャーレス
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