日刊工業新聞 2018年10月22日掲載 (日刊工業新聞の許可を得てブログに掲載しています)
エコシステムで挑む変革
20世紀末の米シリコンバレーでは検索エンジンや基本ソフト(OS)が開発されていた。現在、そこでは自動運転車やコネクテッドオブジェクトが開発され、モノの利用法を大きく変えている。
【仮想と現実融合の潮流】
シリコンバレーに限らず、世界中で先進的な取り組みが進んでいる。新たに生まれた企業が新しい顧客に向けて革新的なソリューションを創出している。例えば米テスラは自動車市場を、米ジョビー・アビエーションや米ブルーオリジンは航空宇宙市場を変革した。世界の見方や発明、学習、生産そして商取引の手段を一新し、バーチャル(仮想)とリアル(現実)を融合する流れ「インダストリー・ルネサンス」が進行している。
この流れの中では産業界は生産手段の集合としてではなく、価値創出のプロセスとして捉えられる。価値は製品ではなくその利用法にある。21世紀型の産業は創造、生産、経験を交換するネットワークとして存在する。未来の変革を担うのは最も自動化された生産手段を持つ企業ではなく、最も成熟した知識とノウハウの資産を持ち、バリューチェーン内に業務委託先やパートナーを組み込むビジネス環境を備えた企業だろう。
当初、一国の産業振興を目的に始まったインダストリー4・0は、アジャイルや柔軟性などを軸に工場のデジタル化を進めている。大きな変革の可能性を内包しつつも、この取り組みは過去のデジタル化にとどまり、産業界の未来像を描くに至っていない。現に中国では採用されておらず、同国は「インターネット+」や「中国製造2025」を推進し、世界の工場から世界のデザインスタジオへの変容を目指している。韓国でも同様に「創造経済」を掲げ、科学、技術、文化を融合する道を模索中だ。
【デジタル技術で「つなぐ」】
インダストリー4・0モデルは米国でも採用されておらず、同国は地域政府、連邦政府、ビジネス、教育を組み込んだ産業エコシステムを投資の対象としている。日本では「コネクテッドインダストリーズ」があらゆる分野を集めて技術を競争力向上につなげるべく動いている。
新しい経済は需要側と供給側、世界と地域をつなぐ「マーケットプレイス」(市場)を中心に形成される。米グーグルや米アマゾンのない商取引は今や考えられない。ヘルスケアや製造、都市開発の分野でもデジタルのエクスペリエンス・プラットフォーム(基盤)は今世紀のインフラとなっている。
この流れは小売り、輸送、宿泊・旅行業を変えた。今後も他の産業を変革するだろう。VR体験、拡張現実(AR)、シミュレーションが相乗効果を及ぼす中、デジタル技術は我々と知識との関係に、15世紀に活版印刷技術が起こしたものに匹敵する転換をもたらす。VRモデルは従来の図書館や研修の役割を担い、現行の知識やノウハウはもちろん、潜在的な知識やノウハウまでも提供するようになる。
【日本の科学研究力生かせ】
変化の中枢には生命科学や材料科学があり、それらから得た知見が人々の生活と環境、そして製品の調和と発展のカギとなる日が到来する。AIが人間の思考を代替することはないが、AIによって知識やノウハウにさらにアクセスできるようになる。VRによる支援を生かせば、目の前の課題を、より広い選択肢を持って解決できる。
未来の働き方のニーズに応えるには、職業訓練は複数の領域を横断することが望ましい。その実現には新しいエコシステムのパートナーを巻き込むべきだ。デジタルのプラットフォームが整えば座学とOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を一体化できる。日本は科学研究力、各業界のリーダー企業、モノづくり文化、学際的な教育を行う拠点を有している。これらが倹約を美徳とする精神や、持続可能な開発と人間や利用方法を中心に据えた産業ビジョンの下に集えば、強力な産業エコシステムを形成できるだろう。
21世紀の産業へようこそ。
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