米国パデュー大学の複合材料製造シミュレーションセンターは長年、先端複合材料の開発と製造に取り組む民間の研究者たちから注目されてきました。このほど、先端複合材料研究の3DEXPERIENCE Edu Centers of Excellenceがパデュー大学の複合材料製造シミュレーションセンターの一部として発足し、この分野への研究者の注目度がさらに高まっています。
世界中の研究者たちが、抗ウイルスワクチンから二酸化炭素削減に至るまで様々な技術の限界を超えることを目指しています。そのため、多くの研究所は、複雑な問題を個々に分別して解決することに重点を置いています。しかしパデュー大学の新たな産学パートナーシップでは、多くの課題を解決する鍵となり得る、高性能の複合材料製造の高速化とコスト削減という課題に焦点を当てています。
複合材料は強度と重量のバランスが圧倒的に優れているので、気候変動の課題解決に役立つ多くの環境技術を実現するための核となります。例えば、カーボンゼロのための電気飛行機およびは、電気、太陽エネルギー、または水素を動力とする場合、十分な距離を航行できるほど軽くなければなりませんが、安全性と耐久性を実現する十分な強度も不可欠です。風力タービンなど、再生可能エネルギー発電のために複合材料を用いる場合にも同様の要件が必須となります。風力タービンは微風でも動作するほど軽くなければなりませんが、大きな突風にも耐える強度が必要です。
しかし、これらの両立には技術的な課題が立ちふさがります。例えば、ある種の複合材料は繊維と樹脂の複雑な層を持つため、製造にはそれなりの費用がかかり、規制の厳しい業界で認定を受けるまでに何年もかかることがあります。
2020年10月に米・パデュー大学で正式に発足した先端複合材料研究の3DEXPERIENCE Edu Centers of Excellenceは、研究者がこうした複合材料をめぐる様々な課題に対処できるよう支援することを目的としています。
「世界でもこのような研究教育施設は他にはありません」と、米インディアナ州 製造業協会の会長 兼 同協会の複合材料製造シミュレーションセンターのエグゼクティブディレクター、兼、3DEXPERIENCE Edu Centers of Excellenceのディレクターを務めるR. Byron Pipes氏は述べます。「私たちが招集した専門家と学者のチームは世界一です」
百聞は一見に如かず
このセンターはパデュー大学とダッソー・システムズの長年のパートナーシップの最新の進化形であり、ボーイング社、ロッキード・マーティン社、フォルクスワーゲン社などの産業界のスポンサー企業の支援を受けています。「私たちはダッソー・システムズ社と8年間の付き合いがありますが、この新しい施設はその関係をより高いレベルに引き上げるものです」と、Pipes氏は言います。
このセンターは、インディアナ州ウェストラファイエットのパデュー・リサーチ・パーク(大学付属の技術創成のための総合施設としては米国最大規模)にあります。創設者たちは、先端複合材料のサステナブルなイノベーションと最先端の製造技術を科学者とエンジニアが思い描くことができるような、デジタル、バーチャルな技術をいくつか実演し、センターの落成を祝いました。
「口で言うほど簡単なことではありません」と、Pipes氏は語ります。「これは非常に大きな一歩になるでしょう。先端複合材料から作られた製品の製造プロセスと性能を、過去の経験に基づいた知識を利用してシミュレートします」
「新しい製造技術と統合されたデジタル技術を意のままに使えれば、先端複合材料製品の製造時間を50%削減できると考えています」Byron Pipes氏 先端複合材料研究の3DEXPERIENCE Edu Centers of Excellenceのディレクター
このセンターは、複合材料とその挙動のさらなる理解、3Dのバーチャルなモデリングおよびシミュレーションを課題に適用することでもたらされる発見をいちはやく蓄積し活用することを目指しています。そのための研究を促すために、モデリングとシミュレーションは3DEXPERIENCEプラットフォームは、3Dのモデリングおよびシミュレーションで使うプロセスとデータをすべて管理し、研究者同士の連携を促進し、作業の全履歴を保持し、残された課題をすべて把握します。
「私たちはこのプラットフォームの利用者であり、かつ提唱者です。このプラットフォームには、複合材料の製造や製品性能のデジタルスレッド(製品やプロセスのライフサイクル全体におけるデジタル記録)が蓄積されています」と、Pipes氏は言います。「ほとんどの研究所はこれまで製造シミュレーションを使っていませんでした。製品性能を検査するだけでした」
教育の進歩
このセンターは実際、かつてボーイング社の最高技術責任者であり今は退職したJohn Tracy氏が、世界初の複合材料を主体としたジェット旅客機である787ドリームライナーの製造が決まった際に述べた、2003年の構想の実現だとPipes氏は語ります。Tracy氏と彼の同僚は、複合材料を主体としたジェット機の技術的な課題を認識しており、その解決にはデジタル設計・開発の技術だけでなく、全く新しいエンジニアリング技術も必要であることを理解していました。
また、このセンターのもう一つの目的は、現職および将来の科学者やエンジニアが、業務でモデリングやシミュレーションを最大限に活用できるよう教育することです。
「人材開発は、私たちにとって常に、社会への大きな貢献の一つです」と、Pipes氏は語ります。「研究所から入手した情報をそのまま学生に届けます。それが知識を伝達する最速の方法であり、生徒は研究所から直に届く最新の知識に基づいて行動できます」
Pipes氏は、Tracy氏の構想を次のような問いに言い換えています。デジタルツイン(現実の世界に既に存在するか、これから生み出される予定の製品、システム、またはプロセスの科学的に正確な仮想のレプリカ)は、複合材料の製品を製造するための複雑なエンジニアリングプロセスも複製できるだろうか。もしできるのなら、エンジニアはデジタルツイン(データを動的な3Dモデルとして表示するので、別名バーチャルツイン)を製品開発の高速化だけでなく、開発コストの削減にも利用できるだろうか。
「そこで私たちの出番です」と、Pipes氏は言います。「パデュー大学は、このようなことに取り組む人材を教育し、そのための知見を深めます。この知見は、先端複合材料システムの製造における未解決の課題を、デジタルテクノロジーを用いて解決することでもたらされます。デジタルツインの検証は極めて大きな課題です。しかし、新しい製造技術と統合されたデジタル技術を意のままに使えれば、この課題に対処でき、先端複合材料製品の製造時間を50%削減できると考えています」
このセンターは、メーカーが先端複合材料の技術的課題を持ち寄り、それを解決するのに必要なサポートを受けられる場所だとPipes氏は語ります。3DEXPERIENCEプラットフォームはすべてのプロジェクトのデジタルスレッド全体を保持できるため、「課題の原因と解決策について基本的な理解を得るための手助けができます」と、Pipes氏は述べています。
目標を見据えて
炭素繊維強化材および樹脂素材の主要メーカーであるヘクセル社は、このセンターに最初の研究課題の一つをもたらしました。それは、ヘクセル社が既存の商用、防衛用の航空宇宙のプラットフォームのサービス提供することに加え、アーバン・エア・モビリティおよび無人航空機システムの市場進出に役立つ新しい熱可塑性複合材料を開発するという課題です。ヘクセル社は新たな複合材料のデジタルデータセットの作成(デジタル情報の記録と蓄積)を目指しており、ヘクセル社独自の素材を使って構造を設計し、その構造をコンピュータで解析するのに必要なすべての情報を蓄積し記録しています。
「新たな材料系のデータを事前に検証できるということは、新規市場への参入と既存市場での発展を促進するのに不可欠です」と、ヘクセル社の事業開発ディレクターBob Yancey氏は語ります。「設計者が新しい素材、材料形態、製造プロセスをコンピュータ上でバーチャルに試みることができるようになれば、新たな材料系のイノベーションを加速できると確信しています」
「設計者が新しい素材、材料形態、製造プロセスをコンピュータ上でバーチャルに試みることができるようにすれば、新たな材料系のイノベーションを加速できると確信しています」Bob Yancey氏 ヘクセル社 事業開発ディレクター
熱可塑性複合材料は、現在の複合材料市場のごく一部を占めているだけなので、極めて大きな市場潜在力があります。「当社の新しい熱可塑性複合材料の使用を希望するすべての顧客にデジタルデータセットを提供できるようにしたいと思っています。デジタルデータセットがあれば、顧客は構造をコンピュータ上でバーチャルに設計し、自信を持って製造プロセスを策定できます」と、Yancey氏は述べます。
ヘクセル社のようなプロジェクトを受けて、Pipes氏はすでに次に必要なことに目を向けています。
「私の成功のビジョンは、すべてのサプライチェーンのメンバーがこの活動に積極的に携わるようにし、デジタルテクノロジーの使い方やデジタルスレッドの重要性を彼らに教えることです」と、Pipes氏は語ります。「3DEXPERIENCEプラットフォームはそのチャンスをつかむ鍵となるでしょう」
Top image: 機体、翼、尾部のすべてに複合材料を使用した最初の民間ジェット旅客機として787を設計したボーイング社は、パデュー大学が新たに開設した先端複合材料研究に関する3DEXPERIENCE Edu Centers of Excellenceのスポンサーです。(Image © Boeing)