【第10章 Simulation Governance】87 : Simulation Governance診断結果を分析する
ダッソー・システムズの工藤です。本コラムでは、84号から連続してSimulation Governanceを取り上げてきました。今回は、いよいよ最新の診断集計結果を分析し、レポートします。それに先立って、そもそも筆者がSimulation Governance診断の実施を決めるに至った経緯を簡単に説明いたします。
ダッソー・システムズでは2021年5月から11月にかけて、「DXとしてのシミュレーション活用を考えるシリーズ」と題した一連のウェビナーを実施いたしました。下記がそのテーマとなります。
- 第1回:シミュレーションはそもそもDigital Transformationである(5月25日)
- 第2回:森を眺める視点でシミュレーションを活用する(6月29日)
- 第3回:1D-CAEを活用した想定設計で手戻り削減に貢献する(8月3日)
- 第4回:要求性能に基づく予測と検証でデザイン・レビューを変革する(9月21日)
- 第5回:Simulation Governanceと座談会企画について(11月2日)
第5回でSimulation Governanceについて紹介したのち、診断と座談会に参加を希望する企業様を募ったところ、診断に11社、座談会に8社の参加要望がありました。これをうけて2022年に診断結果とともに、各社の課題や対策例を共有する座談会をこれまで5回企画いたしました。2022年6月には、計算工学会で本テーマの概要と診断結果を発表しましたので、学会員もしくは講演会参加者であれば下記のタイトルで論文をお読みいただけます。
工藤啓治、設計開発におけるシミュレーション活用を促進するためのガバナンス・レベル診断の試み、計算工学講演会論文集 Vol.27 (2022年6月)
講演番号 D-01-03
こうした2022年11月現在、診断データが増え、15社から21サンプル集まっており、本記事ではこの結果を報告いたします。1社から2件以上のデータを提供いただいている場合がありますが、これは複数事業部や複数領域の部署のデータをそれぞれご提供いただいているためです。したがってサンプル数は会社数より多くなっています。社名は開示されません。
第85号「Simulation Governanceを明確に定義する」の際に説明した9領域と40項目の図を参考のために再掲します。
上の表とそれを図示化したスパイダーチャートをご覧いただきながら、数字の意味を説明していきましょう。表は、9領域における参加社平均と最大値平均です。各領域は、4つから5つの項目で構成されており、そのデータもあるわけですが、本記事では割愛させていただきます。最大値平均というのは、構成する項目の最大値を平均している数字です。以降、ご紹介する中で、9領域と詳細40項目を太字で示しています。診断項目の全体をご覧になりたい方は、前回の第86号「Simulation Governance診断で可視化する」をご参照ください。
「文化」カテゴリーの経営層の領域、平均点が最も高いというのは筆者にとっては意外でした。内訳を見ますと、危機意識と変革リーダーシップが3.3近辺で他の項目を凌いでいます。また、最大値平均が4.75というのは、3項目の最大値が5,1項目のみ4という結果から来ています。後々見るように、他の8領域が相対的に低いので、経営層と現場の状況の間で何らかのギャップが生じている可能性をうかがわせるものです。組織文化の平均2.81と最大値平均4.2も概ね他の項目よりも少し高い位置づけです。
「技術」カテゴリーのモデルと計算の領域の中身を見ると興味深いことがわかります。構成項目の一つであるプログラム利用の平均が40項目の中で2番目に高いのは、プログラムを使いこなすことに関しては力を入れていることがわかります。一方で、「計算精度を保証するための考え方やしくみを会社として確立できていますか?」という設問である、精度保証と向上が、平均も低くかつ最大値が3に留まっているのは、シミュレーションの永遠の課題である精度問題にはまだまだ苦労があることをうかがわせます。
ノウハウ活用には、大きな課題があることがわかります。平均点が低めであるだけではなく、最大値平均が3.5となっており、その内訳は4項目のうち手順の標準化、標準化活動の継続、判断ノウハウの定量化の3つの最大値が3止まりになっています。実のところ、残りのモデル標準化と共有化においても、1社の回答のみ5でしたが、他の回答の最大値は3なので、実質的に最大値が3と言ってもいいのです。ノウハウ活用が総合的に見て共通の弱点となっていることが見て取れます。
活用カテゴリーの活用場面の領域では、Vプロセスの位置づけの平均が全40項目すべてのなかでもっとも高く、しかも最小値が3であることが特筆されます。設問は、「設計開発プロセスで、CAEが活用されるもっとも早い段階はいつでしょうか?Level1~5に上がるにしたがって早い段階と定義しています。」となっており、Level 2「CAEは出図後の検証やトラブル・シューティングにしか使われていない」や、Level1「CAEはトラブル・シューティングにしか使われていない」を脱しており、最低でもLevel 3「詳細設計を検討する時に活用するのが、最も早い段階」となっています。一方、5項目中の、Vプロセスの認識と活用効果の測定の分布をみると、4と5は例外で、ほとんどが1~3に分布しており、実際的な意味でのCAEの効果の出し方については課題があることがわかります。
活用手法の平均は9領域の中で2番目に低い2.07です。最大値平均は3.25となっていますが、構成する項目の1つで1社だけ4で他すべての最大値が3なので、実質的に活用手法の全項目、自動化プロセス、実験計画法/設計探索、不確定性手法、代理モデル/AIの最大値が3止まりという状況です。筆者の専門領域であり、本ブログのテーマの通奏低音ともなっている、いわゆるPIDO (Process Integration & Design Optimization)分野は、実際のところはまだまだ浸透し切れていないという、厳しい現実があるということです。この結果だけで日本の製造業において云々とまでは断言できませんが、先端的な活用が進んでいるケースもみられることも事実ですので、2極化が進んでいる可能性をうかがわせます。原因としては、PIDOがまだ十分に認知されていない、対応できる技術者が不足している、など考えられます。PIDOは設計品質を上げるためだけではなく、データサイエンスが促進するための基盤技術ですので、PIDOの適用遅れは、データサイエンス対応への遅れに直結する大きな課題と言えるでしょう。
次の管理のしくみは、これも筆者の専門であるところの、SPDM (Simulation Process and Data Management) となりますが、9領域のなかでもっとも低い平均値1.86です。平均2以下のというのは極めて由々しき状況と言えるでしょう。最大値平均は、見かけは4になっていますが、例外的な1~2社を除くと構成する4項目の最大値は2もしくは3止まりです。管理のしくみとしてのSPDM適用・活用レベルが低いことは、昨今のデジタル・トランスフォーメーションに欠かせないプラットフォームへの対応も遅れているということに通じます。この領域への関心と重要性をより喚起する責任を、痛感しております。
「体制」カテゴリーの組織的対応の平均値は2.5で、構成する5項目の内訳を見ますと他4項目と比較して、人材のローテーションの平均がかなり低く2.0、最大値も3となっていることが目を引きます。このことはCAE組織に流動性が不足しており、設計や実験などの経験が不足している傾向を伺わせます。専門性は高ければいいというものではなく、CAEだけで完結するものではありませんので、CAEエンジニアにとってローテーションにより様々な経験をすることは非常に重要なのです。しかし、ローテーションは、CAE部門の意思だけではできませんので、関連する部署と連携した会社の意思として実行していく必要があります。ローテーション以外の4項目、利用・応用支援体制、新領域分野開発体制、教育~人材育成、認定資格や外部講習活用、については、平均値はそこそこではあっても、標準偏差が大きいことから、実現レベルには会社によってばらつきがあることが示されています。
組織活性化の平均値は2.87、最大値平均も5という高いレベルにあります。ただ、4つの項目 社内情報と事例共有、社外発表、外部情報収集と学習、外部組織との連携、いずれにおいても標準偏差が大きめ、即ち会社によって実現レベルにばらつきがあることがわかります。座談会においては組織活性化の領域での事例が比較的多く発表されていますので、こうした活動を通じてベスト・プラクティスを学び参考にしていくことで、改善されることが期待できるでしょう。
ということで、かなり詳しく、診断データの分析結果を説明してきました。いかがでしたでしょうか?たかが数字ではありますが、経験を踏まえて数字を読み解くことで、それなりに分析ができることをおわかりいただけたでしょうか?本診断にご参加いただける企業を随時募集しておりますので、診断をご希望の方は本ブログを読んだ旨、弊社マーケティング部門(こちら)まで「Simulation Governance診断について」と記載のうえ、ご連絡ください。