【第10章 Simulation Governance】85 : Simulation Governanceを明確に定義する
ダッソー・システムズの工藤です。Simulation Governanceと何か、前回はまず俯瞰することを試みました。今回は、そのものずばり、Simulation Governanceとは何か、その定義を試みてみましょう。実はこの言葉を提唱し始めたNAFEMSでの情報を見ても、明確な定義は見つけられません。ある意味、受け取る人ごとに解釈が異なっているともいえるのが現状です。が、私はあえて今回、定義することを試みました。客観的に定義することによって、はじめてSimulation Governanceを正しく診断することが可能だからです。これがSimulation Governanceである、という定義に基づき、はじめて自社の状況を診断し、どういう点を改善/改革していかなければないかを具体的に把握できるようになります。下図をご覧ください。前回の流れで説明を継続していきます。
この図は左から右へと読み進めていきます。最も左、つまり最初に見てほしい場所に「Why」すなわち「文化」を配置しました。なぜなら、改革プロジェクトの動機(Why)はすべて、そのプロジェクトを動かしている組織が依って立つ文化に根差して生まれてくるからです。次に文化を経営層と組織文化という二つの領域に分けました。それぞれの領域を構成する要素を考え、さらに分解していきます。経営層ですが、まず危機意識とビジョンなしには、会社はダイナミックに動きません。昨今の改革はすべてデジタルなしに語ることはできませんし、シミュレーション技術はデジタルそのものですから、経営層のデジタル・リテラシーは、必須です。経営層が強い変革リーダーシップを持つことも大前提と言えるでしょう。組織文化の視点では、社員のデジタル成熟度は、経営層に求められるデジタル・リテラシーと同様、ベースとして重要です。どの会社でも、保守文化vs改革文化の相克はあるわけですが、そうした状況の中でも改革文化のベクトルが優位にならなければいけません。改革プロジェクトの経験の有無、成果の良し悪しも影響してきます。昨今話題のVUCA的世界においては、活動スピード(いかに速く変化し適応できるか)が死命を制すると言ってもいいほどです。実際にプロジェクトを推進する際には、旗振りと実行の最前線に優秀なチャンピオンの存在が欠かせず、そうした人材を育成できているかも、大きな要素です。
Whatであるところの技術面については、モデルと計算、ノウハウ活用という2つの領域で説明します。プログラム利用レベルを上げることは、シミュレーションを使いこなすための技術の原点です。解析領域ごとにモデル化技術があり、その成熟度しだいで計算の品質が決まります。精度保証と向上技術は、モデル化技術の根幹であり、シミュレーションが世の中に登場して以来の永遠の課題であり続けるでしょう。関連して、実験が絶対正ではなく、実験条件がばらついている可能性も考慮して実験との関係を明確にすることは、正しくシミュレーションを活用するための客観的なふるまいと言えます。必要なスループットを確保するために、計算時間と計算リソースの問題は常に課題であり続けます。ノウハウ活用の領域で見ますと、解析テーマごとのモデル標準化と共有化を進めることは、属人化ノウハウを排除していくための必須事項となります。さらに、シミュレーションを実行するさまざまな手順標準化へと進展させることで、ルーチンワークをさらに効率化することが可能となります。そうした標準化活動の継続こそが難しい点でもあり、組織として標準化活動が定着するか否かは、継続にかかっています。高度な属人的と思われがちな判断ノウハウの定量化を進めれば、判断に踏み込んだレベルでの自動化プロセスを確立することができるでしょう。
Howを構成する一つである活用のカテゴリーは、活用場面、活用手法、管理のしくみという3つの領域で構成されます。まず、活用場面では、主なCAEテーマが適用されている、Vプロセスでの位置づけがどのあたりかを確認します。CAE利用者が、その活用効果を理解しながらVプロセスの認識を持っているかどうかは、現場的には非常に重要です。なんらかの方法で、活用効果の測定がなされていなければ、効果を議論することは難しくなります。測定の結果として、活用効果の定量的成果がどの程度でているのか、客観的に議論し、改善につなげることができます。CAEが有効に活用されるかどうかの見極めテーマとして、設計者展開のしかたが、よく挙げられます。この領域について本ブログでは、多様な側面から解説してきました。「第6章 想定設計を実現する」のNo. 43~No.48や、「第8章 複雑性設計に対応する」No.60~No.70が相当します。
活用手法については、筆者の専門領域であるPIDO (Process Integration & Design Optimization)の技術が相当します。ノウハウ活用で説明したところの、モデルと手順の標準化が進めば、自動化プロセスを構築する段階に進むことができます。次の自然な流れとして、条件や形状をパラメータとして変更させることで、実験計画法/設計探索を行うことができます。バラツキ影響を評価するためのロバスト設計や信頼設計手法をまとめた不確定性手法は、実験を正しく評価する上でも、現実的な設計をする上でも標準技術ではあるのですが、日本では十分に浸透していないきらいがあります。実験計画法~設計探索で得られた多数の計算結果から回帰モデルを作ることは、従来近似手法と呼ばれていましたが、昨今は精度が向上したこととその応用性が高まったことから代理モデルと呼ばれていますし、実際のところ機械学習(AI)そのものでもあります。この領域について本ブログでは、第2章No. 10~第5章の終わりNo.37までかなりの回数を費やして、解説してきました。
管理のしくみとは、これも筆者の専門領域であるところのSPDM (Simulation Process & Data Management)に関わる使い方です。解析と実験のデータ管理は、地味ではありますが、シミュレーションを有効活用するための基本のキであると言えます。解析データ管理だけの場合もありますが、実験データと紐づけることによって、シミュレーションの精度検証や予測確認という活用シナリオに広がります。ワークフロー・テンプレートは、自動化されたプロセスを誰でもが再利用できるようにする基本的なしかけとなります。設計プロセスの出発点である要求管理とシミュレーション連携が実現できれば、(要求からの)目標~(シミュレーションによる)予測~(実験による)検証という設計活用の流れを確立することができ、設計プロセス改革に大きな効果を発揮します。その発展形が、要求管理から様々なCAE技術を駆使して製品モデル(CAD)のライフサイクルを管理し、多様な設計情報をつなげたプラットフォーム活用となります。この領域についての本ブログでの解説は「第7章 計算品質標準化から知識化へ」No. 49~No.59に相当します。
Howを構成するもう一つのカテゴリーとなる体制は、技術を持続的に活用するための組織的な支援の骨組みと言えます。まず、組織的対応の領域として、シミュレーション技術への利用・応用支援体制が充実している必要があることは言うまでもありません。新領域分野開発体制も、昨今の恐ろしいほどの世界の変わりようや技術発展速度を前にすれば、手遅れにならないように対応しておく必要があります。ノウハウを有する熟練者が退職していくだけではなく、ただでさえ足りないと言われているデジタル人材、特にシミュレーション技術についての教育人材育成は、継続的である必要があります。認定資格や外部講習活用は、社内教育を補いながらエンジニアのモチベーションを上げるためにも重要な方策と言えるでしょう。シミュレーション技術の活用について深く体験するには、設計や実験部門との交流や現場経験が不可欠で、ローテーションは長い目で見て、重要な人材育成の手段であり、かつ現場への活用を定着させる手段でもあります。
組織活性化という側面では、社内情報と事例共有という基本的なしくみがしっかりと行われていることがベースになります。社外発表は自社の技術力アピールになることに加え、他組織との交流を促進し、モチベーション向上と活性化をもたらします。ともすれば、外部情報収集と学習は、普段の業務活動のなかで低い優先度しか与えられないため、ほとんど行われていないことも実態として多いようです。しかし、最新情報を怠らずに把握・学習しておかないことには、自社の方向性を見極められないだけではなく、置いてきぼりになっていることにも気づかないリスクを生じます。新しいコトを実施するには自社技術だけでは不可能であることが多いので、外部組織との連携も積極的に実施することが肝要です。
さて、私が今回定義したSimulation Governanceを構成する4カテゴリ、9領域、40項目について駆け足で一通り説明してきましたが、どのような受け止め方をされたでしょうか?どれ一つとしてないがしろにはできないことが、お判りいただけたでしょうか。これらの40項目について、自社、自事業部、自部門がどのような状況・レベルにあるのか、客観的に見通してみたいとは思われませんでしょうか?次回はこの項目を利用した診断の方法について説明いたします。
86 : Simulation Governance診断で可視化する に続く