もう15年以上も前、とある企業で長らくIT部門でCAD開発に携わってこられた方から、“3次元CADの本当の価値ってなんだろうね”という質問をいただいたことがあります。向こうはCADの専門家、こっちはCAE畑の人間ですから、私が尋ねるのならまだしも、逆に尋ねられてしまったわけです。その方は、当時社内のCADを2Dから3Dに移行する時期の真っ最中で、2Dで十分、ものを作れているし、3Dは面倒だという社内の声に対し、説得力ある価値を示すことに苦労されているように見えました。
Digital Mock-up (DMU)が提唱されて、ヴァーチャルで組み立て、干渉チェックができ、生産工程にそのまま渡せるというのが、3D-CADの価値としては広く認知されてはいましたが、それだけではまだ物足りないという思いがあったようです。その方は、“もしかしたら、CAEをしっかりやるためじゃないかね?”とご自分で独り言のように、自身の質問を引き継いだのです。(CAE: Computer-Aided Engineering、要は シミュレーション のこと)。それを聞いて、確かにその通りかもしれない、とCAE屋として意を強くしたのですけれど、最近になってその言葉が益々、深い意味合いを持って思い出されます。
製品形状(CAD)があって始めて、その製品の性能計算(CAE)ができると考えるのは、仕事の流れとして当たり前です。一方見方を変えて、そもそも性能(CAE)を出すための形状(3D-CAD)であって、結果として重量やコストも計算されるので、それを検証するのが設計の目的であると考えれば、3D-CADの価値は自ずとそこにあるわけなのです。3D形状に落とし込んだものを製造する技術に主眼を当てて、モノづくりと称する傾向がありますけれども、形状を決めるための設計手順や予測・評価・対策の仕方にもモノづくりのノウハウが詰まっていますから、設計と生産の両方に等しく重みを当てる必要があるだろうと考えます。
上流である設計が、ほとんどの製品仕様と調達部品、製造コストを決めるわけなので、CAD形状とその根拠を与える性能設計はより密な形での連携が必要なのは当然のように思えるのですけれども、現実をみると、形状設計者(あるいは委託されたエンジニア)はCADを用い、性能設計者(あるいは解析担当者)は個々の解析領域のCAEツールを用いることから、業務分離が生じていて、意図や情報の共有と伝達が不十分で、それに起因する手戻りが多数発生しているのが、どの製造産業にもみられる偽らざる状況です。この課題をどう解くかは、単なるデータ管理などのシステム化のみで解決する問題ではなく、結果として利用企業の仕事の仕方を根幹から変えることを要請するものになります。
【SIMULIA 工藤】
<バックナンバー> 【デザインとシミュレーションを語る】第一回:イントロダクション 【デザインとシミュレーションを語る】第二回:シミュレーションの分類 【デザインとシミュレーションを語る】第三回:シミュレーションは実験と比べて何がいい? 【デザインとシミュレーションを語る】第四回:シミュレーションは緻密な統合技術 【デザインとシミュレーションを語る】第五回:リアルとバーチャルの垣根をなくせたら?(1) 【デザインとシミュレーションを語る】第六回:リアルとバーチャルの垣根をなくせたら?(2) 【デザインとシミュレーションを語る】第七回:3D-CADは何のため?