【第7章 計算品質標準化から知識化へ】設計知見の蓄積と再利用のための実装と効果
これまでは、計算品質という観点で標準化の話を進めてきましたが、設計知見の標準化というテーマに拡張してみましょう。シミュレーション・モデルから“正しい結果”が生成されることを保証するのが計算品質の標準化だとすれば、その正しい結果を “正しく評価して判断“し、”正しい対策“を取ってはじめて、シミュレーションが設計に活用されたということができます。一連の設計業務には当然さまざまなノウハウがつまているわけですが、じつはこのノウハウという言葉は、自動化とか最適化といった言葉と同様に、人によって解釈や定義が異なるやっかいな言葉なのです。抽象的でもあるので、なかなか簡潔に説明できない用語でもあります。今回、このノウハウという曖昧でよく使われる用語を、シミュレーションを活用した設計業務領域に絞って、形式知化可能な(定量的かつ明示的に記述可能な)設計知見にはどのようなものがあるかを、眺めてみましょう。
当初は、様々な表現のしかたがあるであろう、ノウハウという用語が示す具体的なイメージを、どういうパターンに分けられるだろうかと考えてみました。その結果、データ、モデル化作業、実行手順、履歴、予測品質、評価基準と判断、という6つのカテゴリーにたどりつき、おのおのに具体例と実装と効果と現状例を書き下してみたのが、下記になります。表形式に整理したのですが、ビジーでかえって読みにくいので、リスト形式で書き直しました。
・データ:デジタル化されたデータすべてとそれらの関連性
具体例:要求/設計仕様、規格、ルール、CAD、CAEモデル、結果、報告書、実験データ、トラブル情報
実装:属性(タグ)付け、根拠や参照としての関連付け、根拠
効果:検索して、参照・再利用、トレース
現状例:つながりの切れたデータは、それを記憶している個人でしか活用できないサイロ・データ
・モデル化作業:CAEアプリ作業内の操作手順やコマンド実行手順
具体例:経験則、実験則、1D化、物理モデル、材料モデル、境界メッシュ、接触設定、境界設定、荷重設定
実装:モデル情報・条件設定などの採用根拠、ライブラリ化、標準化ドキュメント、ツール内作業の自動化
効果:間違いのないモデル品質、作業自動化による負荷軽減と時間短縮、非熟練者による高度な作業
現状例:誤った計算に気づかず結果数値を判断、技術者スキルのバラツキ、同じ間違いの繰り返し
・実行手順:アプリ実行とファイル入出力の順番とつながり
具体例:モデル化〜結果までのワークフロー、ポスト処理手順、実験データ後処理
実装:解析手順のワークフロー作成
効果:業務標準化による品質向上と自動化による時間短縮
現状例:人によって異なる手作業、時間のかかる定型作業の繰り返し、無駄な待ち時間、チェック作業
・履歴:作業開始から目的達成までの変更履歴
具体例:モデル変更履歴、結果履歴、値と形状の差分比較
実装:変更履歴の自動取得
効果:変更意図や結果の学習、トレーサビリティ
現状例:履歴不明、変更意図は記憶の中、最終版わからず、トレーズ不可能
・予測品質:モデルの正しさや結果精度を判断する値
具体例:メッシュ品質判定、材料データ設定、計算収束判定、実験データ比較など
実装:ワークフロー内へ判定ロジックや自動処理組込み
効果:技術スキルに依存しない信頼性の高い予測
現状例:人に依存し、共通化されていないデータ、抜け漏れの発生、 曖昧な精度基準
・評価基準と判断:結果を判断する値、OK/NGの結果とその理由
具体例:定量的な目標や条件、規約、設計根拠
実装:ワークフロー内へ判定ロジック組込み、理由入力
効果:判断根拠を客観的かつ定量的に明示
現状例:根拠不明/曖昧な過去の基準、明示されていない理由
これらに包含されていない、より抽象的なノウハウもまだまだあるでしょうが、これらの6つを明示的に扱うことができるだけでも、ずいぶんと標準化が、さらには自動化が進むはずなのです。こういったデータが自動的に蓄積されていることを想像してみてください。従来、個人管理で、検索もできず、引き継がれず、トレーズも取れず、再利用もできず、フォーマットもなく、抜け漏れだらけで、ディスク上に保管されていたデータやファイルが、系統的に一元管理されることで、瞬時に検索でき、トレースして履歴を辿り、再利用でき、共通のデータ構造で、抜け漏れなく100%のデータとファイルを活用できるようになるのです。まさに、ノウハウの蓄積と再利用といえます。これらを実装するしくみが、何度か紹介しているSimulation Process & Data Management(SPDM)です。
単なるデータ蓄積としてであればせいぜい検索できればいいという程度でしか活用方法は思い浮かばないかもしれませんが、貴重なノウハウを蓄積しているという視点で眺めれば、とってもワクワクする活用のしかたを想定できるでしょう。次回以降では、SPDM as Virtual Sensorというタイトルで2つの記事を書きます。
【DASSAULT SYSTEMES 工藤啓治】