【第7章 計算品質標準化から知識化へ】 計算品質の標準化を実践するしくみ
第50回では、計算品質を標準化する価値について、第51回では(大分時間が経ってしましましたが)計算品質の標準化が体系化されていることを紹介しました。今回は、それをどうやって実践すればいいのかを、シミュレーション業務という視点でお話しします。いわば、熟練者のやり方を標準化できて、体系化もできたとして、どんなしくみであれば未熟なエンジニアが同じことを実践できるようになるのか、ということです。
著者の考えによれば、計算品質の標準化を実践するしくみは、次の3つの役割を持つ必要があります。
a) 【記述・管理】
すべての性能要件や制約条件は正しく、定量的にシステム上に記述され、管理されなければなりません。PLMでの要求管理の機能などに相当します。また、どう表示し、可視化するかといった実装方法もこの役割に含まれます。逆に、直接は定量的に表現できない、たとえば官能性といった評価でも、何らかの関数に置き換えるなど定量的な表現と相関性を持たせることが必要になります。それにより、人によってOK/NGが異なるということを可能な限り避けなくてはなりません。さらに、PLMから発展したプラットフォームにおいては、従来のファイル単位での管理ではなく、デジタル化されることでより粒度の小さいデータ単位で記述・更新・管理することが可能なるというのは特筆すべき利点になるのです。
b) 【手順・実行】
シミュレーションにおいては、使うツール(アプリケーション)を操作したり、モデルを作成したり、ファイルを読み書きさせたりといった実行する手順が極めて重要です。第50回の図で示されたように、属人的な手順を廃し、標準的に決められた作業手順を自動化する必要があるのです。この手順を通称、ワークフロー化すると言います。ワークフロー化された手順を作れば、最初のボタンを押すだけで、だれが実行してもまったく同じモデルと同じ結果が出力されます。また、人手がゼロになることで、人的作業がゼロになり、大幅に効率があがるのです。作業ノウハウの標準化と自動化を行うことができるということです。
c) 【履歴・承認】
シミュレーションで行うのは、バーチャルな試行と検討ですので、なんども繰り返しを行います。そういった履歴をすべて蓄積し、最終案として採用した判断理由を明記し、承認を経た記録を残さなければなりません。これにより、誰がどういう理由でOKと判断し、その根拠は何で、どんなモデルで、どういう条件で計算された結果なのかをすべて辿って、第3者が確認することができなくてはなりません。このトレーサビリティと承認の機能により、業務品質を保証することができます。多くの関係者が関わりながら、長期にわたって正しい情報を体系的に把握しつつ、常に正しい情報と手順を再現できることは、昨今の複雑性設計における極めて重要な要件になります。
さて、上記のことを実現するしくみは、PLMと連携したSimulation Process & Data Management (SPDM)というカテゴリーの製品が、その要になります。ダッソー・システムズの製品としては、3DEXPERIENCE Process Applicationsというのが正式名称なのですが、SPDMを通称名として使っています。この3カテゴリをどのような機能で実現できるかのMAPを作成していますが、機密の部類に属しますので、残念ながら本稿では割愛させていただきます。その代りといっては何ですが、本テーマについての詳細な説明は、日本計算工学会論文集に投稿した以下の論文に記載してありますので、興味のあるかたはどうぞご参照ください。
「工藤啓治:V&Vプロセス実装システムとしてのSimulation Process & Data Managementのしくみと実装例、計算工学講演会論文集、Vol.21、2016」
さて、あらためて標準化の意味をまとめてみましょう。標準化とは決して同じ作業を強いることではありません。定型的に行うことで、間違ってはいけない作業をすばやく実行できるようにすることであって、逆に、標準化された以外のところに大きな自由度を与えて、思考や発想の時間を増やしたり、効率を上げて検討回数増やしたり、結果として設計品質をあげることを目的としているのです。また、作業パターンや履歴を記録として残しやすくなるので、再検討や再利用も容易になるのです。さらには、モジュール化
よく伝統工芸には、過去から受け継がれてきた文様のパターンであるとか、彫り物の木型が何百何千と保存されているというのを見聞きします。まさに標準化され再利用できるように残された資産、それらがなければ再現が著しく困難なことを後世の職人が再現できるという意味では、標準化された成果物、ノウハウなのだと。デジタルの世界であればなおのこと記録が得意なわけですから、再活用できるノウハウを残すという視点で標準化のしくみ構築を考えてはいかがでしょうか。
【DASSAULT SYSTEMES 工藤啓治】