【第6章 想定設計を実現する】 既存技術の組み合わせ探索
新製品を開発する場合でも、新技術を使うのは10-20%で、大半の80-90%は既存技術が使われるとよく言われます。この80-90%を占める既存の製品や技術を再活用するのに、同じだけの時間とコストと人材を使っては、競争力が高いと言えないのは確かです。筆者のヒアリング経験では、既存設計を使うだけで100%のリソースを使い切ってしまい、新技術を開発する時間も人もお金もないという、極端ではありますが現実のケースにも遭遇しました。それほどではないにしても、既存技術の使いこなしが十分でないために、実は困っている方策がわからないという場合が、実に多いのです。
たとえば、典型的なのは、次の三つのパターンです。
1)過去の設計を流用、あるいは参考にできるはずなのに、できていない。(時間軸連携性の不備) 2)他の人が似たような経験をしているのに、生かされていない。(横軸連携性の不備) 3)製品が複雑なため、よりよい設計パラメータの組み合わせを逃している。(設計空間の見逃し)
上記の1)と2)は、設計やシミュレーション・・データの一元管理・共有・検索というテーマの問題です。これについては、別途解説する機会を設けます。
今回は、3)の設計空間での組み合わせを逃すというテーマに焦点をあてます。 改めてですが、既存技術というのは、過去製品、実績のある部品、成熟した技術といったことの総称としましょう。では、革新技術とはなんでしょうか?大半の方は、従来存在しなかった新しい技術のことをイメージすると思います。
ところが、既存技術からも、実は革新技術が生まれうるのです。それはたとえば、従来考えたことのなかった組み合わせの設計です。要素技術は既存であっても、それらの組み合わせが斬新であれば、製品全体として素晴らしいものが生まれるということです。
筆者が思い浮かぶわかりやすい例は、ゴルフ・ヘッドを最大速度にするためのシャフトの剛性(硬さ)の最適設計です。従来は、シャフトの均一な材料での半径と板厚で調整していた設計を、材料を可変にできる製造技術ができたことで、材料定数もパラメータにできるようになったのでした。シミュレーションから見れば、材料定数をパラメータにすることは新技術でもなんでもなく、モデルを変更すればできる当たり前のことです。ところが、それを製造技術に裏付けられた設計パラメータにしてしまうことで、製品としては画期的なものが出来上がったのでした。発想の勝利と言えるでしょう。
このように、これまで試されたことのない組み合わせや、”想定外”の組み合わせというのは、たとえ既存技術であっても、忘れられているか思いつかれない、十分に探索されていないために未発見のままである、といった可能性が十分にあるのです。数学的には、設計空間を十分に探索しきれていないというリスクの問題です。ましてや、そのうちの一つでも新しい部品や技術で入れかえるとなると、(新しい設計空間の登場により)、全く新しい解空間が出現することになるのです。
製品の部品数が多いほど、使用環境が多岐に渡るほど、制約条件が多いほど、設計空間と解空間は膨大になり、ベストもしくは最大限満足する設計解の集まりを、確実に獲得する方法がとても重要になります。しかも、このような既存技術の組み合わせを変えるだけとか、新しい技術を少し加えるというだけの場合が、80-90%を占めるのであれば、ここに時間とコストと人材を使わずに済む方法を徹底して構築するのは、競争力を高めるためには、当然のことでしょう。
パラメータ・スタディと最適化探索の方法が効果を発揮するのは、ちょっとした発想や思い出しをきかっけにして、発見が困難な組合せを徹底的に探索するこのような場面なのです。
【SIMULIA 工藤】
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