第3章 設計探索とトレードオフ -”設計とは逆問題”のココロは?(2)-解空間から設計空間を絞り込む
前回の【”設計とは逆問題”のココロは?(1)-森を見る利点】では、設計は逆問題であると書きました。さらに言い換えを試みてみましょう。順問題の場合には、モデルや条件Xを与えて、Y=F(X)を求めるだけなので、何ら工夫を要しません。工学現象を方程式で記述した答えを見ているだけだからです。
ところが逆問題になったとたんに様相は一変します。Y=>Y0に近づきたいという明確な人間の意図を達成するための、Xの組み合わせを探さなくてはならないのです。言い換えると、自然の営みであるところの、工学現象に人間の意図を入れ込むという技が必要になるわけですね。ここで、人間の意図というのは、設計行為においてどこまで明確に認識されているのでしょうか。単に、Y=>Y0になる設計を求めたという結果だけでは、実のところ大した意図ではありません。Y=>Y0になるには、いろんな組み合わせと、選択肢に至る通り道があるはずで、そこが明確でない限りは、結果オーライだけで設計意図を達したことにはならないのは、当然ですね。
では、”いろんな組み合わせと、選択肢に至る通り道”をどうのようにして決めていくのか、というのが、前回お話した森を見る本質につながるのです。10年以上前ですが、こういうことが自分の中で漠然としていたときに、ある日突然はっきりとその方法論が頭に浮かんだのです。
ロジックはシンプルです。たくさんの計算(検討)をすれば、解空間上に十分な結果が散らばっているわけなので、Y=>Y0にするための逆問題アプローチを取ることができます。十分にたくさんの解集合から、目的や制約上下限値を絞り込んで行くことによって、それら限定解空間を実現する設計変数の組み合わせを、労せずして得ることができるのです。そのことを思い至った時、すぐに、ツールのイメージが浮かびました。
設計変数のすべての組み合わせを線で結んだ形で設計空間を表現し、それに対応した目的性能や制約条件の組み合わせも線で結べば解空間の表現になります。最初の状態では、望む答えも望まない答えもすべての答えがぐちゃぐちゃに混ざっているので、何を見ているか皆目わかりません。そこから、”設計意図”として、制約条件を満足する上下限値を入れ、目的を改善する上下限値を調整していくことで、非常に自然な形で適する答えと設計変数の組み合わせを探索することができます。自分の意図を見える形にしていくことができるのです!これは空間の絞り込みのプロセスであって、まさしく、逆問題アプローチです。
このツールのプロトタイプができたとき、ある志の高いお客様にお見せしたところ、これは、”EngineeringのためのData Mining”と言ってもいいんじゃないかと、という言葉をいただき、その場で、Engineering Data Miningという名前にすることに決めたのです。絞り込みをするというだけのシンプルな発想のもので、実際にはData Mining機能は入ってはいませんでしたが、設計者に考えることを誘発させ設計知見を得ることができという意味での、Data Miningだったと思うのです。さて、どうしてこれまでそんな単純な方法を誰も思いつかなかったのか、それには二つの理由があります。
① 最適設計探索などたくさんの計算をするということが、まだ一般的ではなかったこと ② 興味の重点が、結果(最良や最適解)自体にあって、それに至る理由を考えるという発想に至らないこと
①に関しては、世の中にその手のツールがだいぶ浸透してきましたので心配はしていないのですが、②に関しては、未だにその価値が理解されているとはいえないように思うのです。今回紹介した内容が、不肖、私が出した、下記の小論文でも示されています。残念ながらデジタルで公開はされていないので、講演論文集をお持ちであれば読めます。
1) 多目的問題における設計変数のパターン探索、計算工学講演会論文集 Vol.10 (2005年5月)
2) 知的資産としてのシミュレーション・データの蓄積と分析について、計算工学講演会論文集 Vol.19 (2014年6月)
1)は、その頃まだ十分に認知されていなかった、解空間の絞り込みから設計空間のパターンを見つけるというアイデアを書いたものです。2)はほぼ10年後に、元々の考えを知的資産という方向に拡張して、航空機の概念設計というとても簡単な例でしましたものです。この考え方の重要性は、最適設計探索や設計情報学といった分野のアカデミックな領域や関連ソフトウエアを利用している一部のユーザ以外には、まだまだ十分には認知されていないのではないかと推察します。とても価値のある考え方なのですけれど。
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