海洋環境の保護に関する規制強化が進む中、世界中の海洋産業は対応に追われています。海洋産業にとっては、事業継続の面からも海の環境保全は急務です。COMPASSマガジン編集部では今回、環境保全のためにどのように3Dテクノロジーを活用しているのか、海洋産業3社の話を伺いました。
産業界は海洋システムに深く依存しています。海洋保全のための規制が強化の流れにある一方、海運産業の各社は、事業継続という観点からも海洋保全が必須であるという認識のもと、海の豊かさを守るための取り組みを積極的に進めています。
この業界でも、先端技術を取り入れることでいかに環境への責任を果たしつつ、安全で収益性の高い事業運営を行うことが可能かを懐疑的な運航会社に説明し、緩和策の成果を予測するために高度なバーチャル技術を導入する企業が増えています。
フィンランドのヘルシンキを本拠地とするWärtsiläは海洋保全に積極的な企業のひとつです。同社は海洋市場とエネルギー市場向けのスマート テクノロジーや包括的なライフサイクル ソリューションのグローバル リーダーであり、持続可能な海洋産業の牽引役として積極的に活動を展開しています。Wärtsiläの舶用4ストローク ディーゼル エンジンは現在運航されている船舶の半数以上に搭載されており、世界中の海で使用されています。また、低燃費で環境負荷が少なく、「世界最高効率」の4ストローク ディーゼル エンジンとしてギネス世界記録にも認定されています。
同社は燃費効率を向上させるため、エンジンの3Dバーチャル ツイン モデルとクラウド上のパフォーマンス データを連動させるシステムを構築し、船舶の運航会社がそれをもとにリアルタイムでオペレーションを微調整し、パフォーマンスを最適化できるようにしました。
Wärtsiläのデジタル ベンチャー部門を担当するSteffen Knodt氏は次のように語ります。「複数のデータ ソースにリアルタイムでアクセスし、機械学習とAI(人工知能)を活用することで、運航会社は船舶と船上システムのパフォーマンスを調整し、最適化することができます。航路、海流、気象のデータと寄港予定、運航管理計画、船上機器の運転状況、燃料使用量などの情報を組み合わせることでエネルギー消費を削減し、効率化を図ります。そうすることで、国連の国際海運機関(IMO)が定めた2050年までに海運業による温室効果ガスの排出量50%削減の目標達成を支援しています」
海洋産業において炭素排出量の削減は重要です。スミソニアン協会の報告によると、毎日2,200万トンの二酸化炭素が海に吸収され、海水の酸性化を引き起こしています。海洋酸性化は「気候変動の邪悪な双子」と呼ばれており、あまりに急速に進行しているため多くの海洋生物が適応できず絶滅していっています。アメリカ海洋大気庁(NOAA)の一部門であるアメリカ国立海洋局の報告によると、二酸化炭素の排出は地球温暖化の原因にもなっており、その結果、海水温が上昇し、地球の自然な気温制御システムとして働く海流に影響を及ぼしています。
海洋保全策が環境に及ぼすメリットは明快ですが、海洋産業の各社は長年の通説に反して海洋保全にビジネス面でもメリットがあることに気づき始めています。
Knodt氏は次のように話します。「データを共有しお互いに認識を深めることが持続可能性への道であり、同時に生産性の向上と効率化というビジネス上のメリットも得られます。スマートシティの運用コンセプトを取り入れることで、港湾全域を空港のように運用し、時間とエネルギーを節約することができます。また3Dシミュレーションを使うことで、新しい働き方を見出し、テストし、最適化してその効果を検証することもできます」
バラスト水の浄化処理
海上では、船体を安定させ、積荷や燃料の重さに合わせてバランスを保ち、プロペラと舵を水中に沈めておくために、1回の航海で20万立方メートル(528万米ガロン)ものバラスト水が必要となります。年間数十億ガロンのバラスト水が海から吸い上げられてはまた海に戻されており、このプロセスによって数千種類の海洋生物や病原体、微生物が意図せず一緒に取り込まれ、世界各地に拡散されていると世界保健機関(WHO)が指摘しています。
バラスト水の悪影響には、在来種の減少のほか、港湾インフラの損傷や排水の詰まりにつながる外来種の繁殖などがあります。ニューヨークのコーネル大学の科学者による試算では、侵入種に起因する収益の減少や管理コストは米国だけでも年間約1,380億米ドルに上ります。その内訳は、水産資源の減少、養魚場や海水浴場の閉鎖、人間の健康への影響、生物多様性の喪失、外来植物や軟体動物の侵入による海岸堤防の浸食や排水不良、漁網の目詰まりなど多岐にわたります。
IMOはこれらの問題を食い止めるべく、世界中で運航されている約52,000隻の大型船(全長137メートル/450フィート超)を対象にバラスト水を浄化してから排出するよう義務付ける規制を導入します。規制は2027年から適用開始される予定で、これに伴い船上バラスト水処理システムの需要が急増しています。調査会社Energiasは、規制に準拠したシステムの需要は向こう4年間で約150億米ドルから1,060億米ドル規模にまで伸びると予測しています。
Onvectorの創設者でCEOのDaniel Cho氏は次のように話します。「当社の技術はコンプライアンスに完全に準拠できるよう現行の規制を全てクリアできます。化学薬品を使わずに水を殺菌する方法としてプラズマは非常に強力であり、他のどのシステムよりも効果的に、低コストで浄化処理を行います。マイナス面もありません」
しかし、いかにメリットが大きくても、新しい顧客やその出資者である銀行にこの先端技術を理解してもらうのは容易ではない、とCho氏は言います。
「当社ではプラズマ反応器の設計やその機序の可視化に3Dシミュレーションを使用するだけでなく、パートナー、サプライヤー、投資家、顧客に対して複雑な製品、新しい技術やシステムの仕組みを説明しています。そうすることでコミュニケーションがスムーズに進み、材料、製造、船上での用途における重要なイノベーションが可能になります。多分野にまたがるパズルを解くような感覚です」
海洋生物の保全
AshoredのCEO、Aaron Stevenson氏は次のように述べます。「漁場でクジラを目撃した場合、個体数が減少している種が絡まってしまわないよう、垂直ブイや海面ブイのアンカー ロープを引き揚げなくてはならないと国際貿易協定で決められています。2018年だけでも、ニューブランズウィック州で60隻以上の船が影響を受け、クジラが漁場にとどまってしまい、漁ができない事態が発生しました」
漁を禁止する必要がなくなるよう、Ashoredはアンカー ロープのない水中ブイ リリース システムを開発しました。このシステムは通常使用しているロブスターやカニの捕獲網と併用でき、網を引き揚げる際には音響信号(またはバックアップ タイマー)によってブイを放し、海面に浮上させます。
「漁師はクラウド上のデータをもとに捕獲網の設置場所を正確に把握し、漁船の到着に合わせてブイを浮上させることができます」とStevenson氏は言います。この手法は生産性を高め、漁に伴うリスクを低減します。さらに、リリースするまでブイが見えないため、捕獲網の設置場所を同業者に知られずに済むというメリットもあります。
同社は製品が狙いどおりに機能するよう、3Dモデリングとシミュレーションによってシステムのパフォーマンスとエクスペリエンス(使用体験)をモデル化しました。
Stevenson氏は次のように話します。「ビジネスとして成立するか、環境保全に役立つか、ということに加えて、海という予測不可能な環境下でも材料とシステムが完璧に連動して確実に機能できるのか、ということも課題です。設計段階で3Dモデリングを活用することにより、荒れた海のなか分厚いゴム手袋をはめた状態で実際の器具を使用する状況をシミュレーションし、設計上の不備を解消することができます。シミュレーションによって、誰もが全体像を把握することができるのです」
Ashoredは操業精度の向上を図るため、捕獲網を追跡し捕獲量を最大化できる高度なソフトウェアを開発し、クラウドプラットフォーム上に実装させようと取り組んでいます。実用化すれば時間と燃料を節約できるだけでなく、甲殻類の生息場所と捕獲量の情報をデータベースに蓄積し、将来の捕獲量増加に役立てることもできます。そうすれば、「より的確な意思決定により収益が増え、海洋環境におけるクジラの保護に積極的に取り組むことでサステナビリティに関する水産業の評判も高まります」とStevenson氏は言います。
国連の試算では、海洋・沿岸資源で生計を立てる人口は30億人以上に上り、これを維持するためには「人間が海と海洋資源をどう捉え、管理し、利用するかという点で変化が求められます。」WärtsiläやOnvector、Ashoredが示すように、海洋産業の関係各社が自らの生計を支える海を守っていく上で、バーチャル ユニバースは企業規模を問わず強力なリソースとなります。
3Dテクノロジーが海の保全にどう役立つかについての詳細はこちらをご覧ください。
トップ画像:Wärtsiläの舶用4ストローク ディーゼル エンジンは現在運航されている船舶の半数以上に搭載され、世界中の海で使用されています。(Image© Wärtsilä)