世界的な製薬・ヘルスケア企業であるSanofi(サノフィ)のワクチン製造責任者であるMary Oates氏は、サノフィのミッション「人々の暮らしをより良くするため、科学のもたらす奇跡を追求する」のもと、同社で重要な役割を果たしています。命を救う医薬品の提供を迅速化するためにサノフィが活用している先端技術、それがダッソー・システムズのバーチャルツインです。品質を高め、コストを削減し、作業員の安全性を高め、十分な医薬品供給をより確実にする、製造プラントやプロセスの改善に関するテスト、ブラッシュアップ、実装を行うために、サノフィがバーチャルツインをどのように活用しているかをOates氏に伺います。
バーチャルツインのテクノロジーは、サノフィのワクチン製造企業の業務にどのように役立っていますか?サノフィ独自のバーチャルツインの活用事例もご紹介ください。
バーチャルツインは、現実の世界で一切の影響を及ぼすことなく、デジタル環境の中で3Dモデルの構築や、学習、改善を可能にします。バーチャルツインで計画をテストすることにより、その計画で目標を達成できるか、それとも新しい計画を作成する必要があるかを、現実世界で実行に移す前に知ることができます。たとえば、サノフィのある工場では、製造量の増加が見込まれているものの、洗浄エリアにボトルネックが生じていることがわかっていました。洗浄エリアでの工程はいたってシンプルです。汚れた製剤タンクが持ち込まれたら、それを分解して洗浄し、再度組み立てて、滅菌してから、製造工程に戻します。
しかし、洗浄の工程はシンプルですが、洗浄エリアを構成する様々なパーツの間には膨大な数の相関関係があります。私たちは、この洗浄エリアを拡大することなく製造量を増やせるか判断する必要があり、そのためにバーチャルツインを構築することにしました。
バーチャルツインを構築するために、どのようなデータを使用しましたか?
工場の洗浄エリアにはデータ収集センサーがなかったため、手動でデータを収集する必要がありました。まず、洗浄に関わる作業員と洗浄機器のアベイラビリティー(対応可能状況や可用性)を調べ、洗浄プロセスの各段階でそれぞれの機器をどれくらいの時間、必要としたかを特定しました。
また、定期メンテナンスと非定期メンテナンスに要する時間を調べ、機器が故障して使用できなくなった頻度を具体的に特定しました。さらに、SOP(標準作業手順書)を確認して、作業員がどのような工程をどのような順序で実行する必要があったかを調べ、SOPに記載されていない作業方法や手順もリストアップしました。
さらに、作業員たちと話をして、昼休みや休憩の取り方、仕事の流れなど、SOPには書かれていない実際の業務の詳細について尋ねました。また、稼動中の洗浄エリアの視察も行い、エリア内の各場所で何が行われているかを全て記録しました。洗浄エリアでの日々の業務の実情を把握し、信頼性あるデータを十分に取得したかったので、データ収集作業に3ヵ月を要しました。
その後は何を行いましたか?
情報の収集にはかなりの労力を要しましたが、それが終わった後、バーチャルツインのソフトウェアにデータを入力し、洗浄プロセス全体をモデル化しました。その後、バーチャルツインの利点を活かしてパラメータを一つずつ、あるいは、いくつかまとめて調整して、どのような違いが生じるか、洗浄エリアのキャパシティを増やせるかどうかを判断しました。
また、プロセスを改善するであろうと作業員が考えているアイデアもバーチャルツインで検証してみました。すると驚くべきことに、作業員の直感は大抵正しくないということがわかりました。
たとえば、洗浄ステーションやオートクレーブ(加圧滅菌器)を追加しても、ボトルネックが洗浄工程の下流に移動するだけであることが、バーチャルツインでの検証で判明しました。バーチャルツインによれば、洗浄エリア全体のキャパシティを増やすには、洗浄エリア以外のさまざまなエリアを最適化することが必要だとわかりました。つまり、単にバーチャルツインが特定した点を改善すれば、洗浄エリア内のリソースを増やすことなく、製造量を増やすことができるのです。私たちは現在、この改善を実行しているところです。
このプロジェクトから他に何を学びましたか?
バーチャルツインの優れた点は、仮想環境で何かを試して何度失敗しても、バーチャルツイン構築の手間を除けば、物理的な場所やリソースの消費という面でのコストが一切かからないことです。それ以外にこのプロジェクトから学んだこととして、ガベージ・イン、ガベージ・アウト(ゴミからはゴミしか生まれない)、つまり良質な結果を得るには良質なインプットが不可欠だということが挙げられます。つまり、入力データは正確で最新のものでなければなりません。また、物理的な世界とデジタルの世界に直接的なつながりはないため、洗浄エリアで実際に行われている作業に加えた変更をバーチャルツインに反映させるには、データを手動で更新する必要があります。
サノフィは他の用途にもバーチャルツインを活用していますか?
サノフィの、より複雑なバーチャルツイン活用の例として、現在フランスとシンガポールで建設中のワクチン製造工場、EVolutive Facility (EVF) が挙げられます。EVFでは、ワクチンの製品ライフサイクル全体の管理(PLM)にバーチャルツインを活用する予定です。フランスとシンガポールのEVFは基本的にはほぼ同じものになる予定です。建設段階である現在は、設計レビュー用のバーチャルツインを作成中であり、今後、正確な3Dの設計図を作成するために、バーチャルツインに施設全体のレイアウトのデータを入力する予定です。そして、各ケーブルやプラグ、ソケットの配置場所など、EVF内のすべての物の配置を決めていく予定です。
さらにこれを、機器が配置される予定の場所のデータと重ねます。そうすることで、単回使用機器か常設機器かを問わず、すべての物一つ一つがどこにあるかがわかるようになるでしょう。このように、さまざまな情報が追加されたバーチャルツインが出来上がれば、EVFのスペースに潜在的な問題や不調和がないかどうかを判断することができるようになるでしょう。たとえば、将来、利用する必要のあるパイプが壁で覆われてしまわないかなどをチェックできます。
それに加えて、EVFのオペレーションチームがEVFのスペースを完全に把握することも可能になるでしょう。なぜなら、このような可視化のメリットは、EVFを建設するエンジニアだけではなく、EVF稼働開始後に働く作業員も享受できるものだからです。作業員はEVF内の人や材料、廃棄物の流れを把握して、すべてが意図したとおりに動いていることを確認できるでしょう。今日、バーチャルツイン以外にも、このようなことを可能にするソフトウェアはいくつかありますが、バーチャルツインの根幹をなす基礎的要素が、バーチャルツインを極めて有用なものにしています。
バーチャルツインが極めて有用であるという例をご紹介いただけますか?
たとえば、バーチャルツインはプロセスの導入に非常に有用です。EVFで採用される予定のプロセスは、研究開発チームが別の施設で展開、進展してからEVFに移行され、私たち(EVFの担当者)が納得した上で、そのデータをバーチャルツインに追加する予定です。そのため、各プロセスがEVF内でどのように機能するか(機器がどのように動作するか、結果がどうなるか等)を正確に把握できるでしょう。
また、バーチャルツインを活用することで、利用可能な機器と物理的なスペースを踏まえた上で、プロセスに、必要と思われる修正を加えることができます。実際にEVFに導入されるのは、修正後のプロセスです。
さらに、EVFでは、あらゆる機器と環境全体にセンサーを設置する予定なので、センサーからの情報は全てバーチャルツインに取り込まれます。このような現実世界からのフィードバックも継続的にバーチャルツインの糧とすることで更に優れたソリューションの創出につなげたり、研究開発チームから受け取ったオリジナルのプロセスと結果を比較したりすることができます。
このように、バーチャルツインを活用することでプロセスは実際の導入前に最適化されるので、EVFでプロセスを最初に導入してからワクチンのロットテストの準備が整うまでに必要な時間が、従来のプロセスの場合よりも約50%短縮されるはずです。バーチャルツインを使用することで、これまでよりもはるかに迅速に新しいワクチンを市場に投入することが可能になるでしょう。