自動車メーカーは、今後数十年間で電気自動車の生産量を劇的に増加させることを計画しており、それに伴い、リチウムイオンバッテリーの主要コンポーネントであるリチウムの需要が増大しています。鉱業会社はこの重要な鉱物の供給を確保するため、マルチスケールモデリングとシミュレーションを使用して、持続可能なプロセスの開発に取り組んでいます。
電気自動車(EV)の増産に関する自動車メーカーの計画をサポートするには、バッテリーの生産量も増やす必要があります。その結果、これらのバッテリーの重要な原材料であるリチウムの需要は、毎年15%から25%増大すると予想されています。
リチウムを炭酸リチウム換算(Lithium carbonate equivalent)した場合の世界全体の需要は、2025年までに60万トンに達し、2018年の3倍になると予想されています。S&P Global
リチウムイオンバッテリーは、スマートフォン、タブレット、ノートパソコン、デジタルカメラ、さらにはロボット掃除機などのコードレス家電製品に電力を供給する、現行の標準的なエネルギー貯蔵技術です。周期表の金属の中で最軽量のリチウム元素は、電気化学ポテンシャルが最も高く、バッテリーに最適です。ただし、リチウム元素を含む鉱石の採掘には金銭面と環境面で高いコストがかかります。したがって、鉱業会社にとっては、環境に対する影響を低く抑え、安全性を最大限に確保しながら、より多くのリチウム製品をより低コストで生産することが課題となります。
また、リチウム製品とその化学的性質をめぐる課題もあります。鉱業会社は、各バイヤーのニーズに合わせて、特定の化学的性質を持つリチウムを生産しています。モルガン・スタンレーのアナリストであるMartinez de Olcoz氏は、報告書の中で次のように述べています。「EV業界が発展するに伴い、安全ニーズの高まり、航続距離の伸長、エネルギー密度の向上に対応するためにバッテリー要件も変化しています。こうした中、リチウム生産企業が需要プロファイルの急速な変化についていけるかどうかが疑問視されています」
リチウムが抱える難題
ほとんどの商用リチウムの主な供給源は、塩湖と呼ばれる地下の塩水鉱床と鉱石鉱床の2つです。大半の塩湖は、南米大陸の南西部、中国自治区などにあります。世界の炭酸リチウム資源の約66%は、これらのリチウム塩水鉱床から供給されています。
鉱業会社は地下を掘削し、塩水を地表に汲み上げて広大な塩湖を作り、数カ月または数年かけて天日干しで湖水を蒸発させます。水が蒸発すると、銀色のリチウムのほか、カリウムやナトリウムなどの高濃度の鉱物が残ります。これらの残留物は、抽出処理のためにリチウム回収施設にポンプで送られます。
リチウム回収段階では、一連のステップでリチウムが前処理され、バッテリーグレードの品質になるまで精製されます。処理が完了すると、残った塩水溶液は地下の貯水池に戻されます。
しかし、このプロセスを使用して生産量を増やす試みは、規制当局や環境団体に懸念をもたらしました。たとえば、チリ政府は最近、この方法の環境への影響を理由に、拡張計画を棚上げするよう鉱業大手のAlbemarleとSQMに圧力をかけました。
ロンドンを拠点にNexantのエネルギーおよび化学産業アナリストを務めるDaniel Saxton氏は、次のように述べています。「懸念される点は大量の水が使用されることです。」採鉱のために地下からくみ上げた塩湖の水を蒸発させると、野生生物や居住者に二度と水が行き渡らなくなってしまうとSaxton氏は言います。「そのため、『直接抽出』として知られるプロセスから天日乾燥ステップを取り除くことで水の使用量を減らす技術に重点が置かれるようになっています」
新規参入企業に見る科学的アプローチ
リチウムの長期的な需要が確実視される一方で、需要サイクルの変動は、研究プログラムの継続を困難にする要因の一つとなっています。たとえば2018年には、EVの生産量増加のニュースが市場の憶測を呼び、鉱業会社がリチウムを過剰生産し、EVの生産需要のペースをあっという間に上回り、価格の急落を招きました。その結果、新しい抽出技術への投資が減速または中断し、鉱業会社は価格が回復するまでこれまでのやり方に逆戻りすることになりました。
ニューヨークに拠点を置くHouse Mountain Partnersの鉱業担当アナリストであるChris Berry氏は、新技術を世界規模で導入する上で「テクノロジーの未知の要素は必ずネックになる。」と述べています。「研究施設ではうまくいっても、スケールアップした場合に成功するかどうかが未知数であるという課題が当然のことながら残っています」
その一方で、さまざまな種類の企業やスタートアップが科学を前進させ続けています。たとえば、Eramet、Rosatom、Adionics、Lilac Solutions、Bacanora、POSCO、Tenova Bateman、K-UTECの各社は、いずれもリチウムの抽出と加工のための新技術を開発しています。
これらの企業の共通点は何でしょうか。Saxton氏は、新しい抽出プロセスを開発、テスト、最適化、および実装するために、これらの企業がデジタル化、自動化、およびコンピュータシミュレーションを採用していることを指摘しています。
たとえば、鉱業および冶金会社の Erametは、アルゼンチン北西部のアンデス山脈にあるセンテナリオ-ラトネス塩湖で新しい加工施設の商業開発フェーズを2019年に開始しており、商業プラントの建設は2021年半ばまでに完了する予定です。
Erametのリチウム事業のシニア・バイス・プレジデントのHervé Montegu氏は、次のように述べています。「3Dモデリングは、鉱床の資源評価に加え、工学研究段階の産業プラント設計にも集中的に使用されています。リチウムを直接抽出する工程のために開発されたプロセス・シミュレーション・ツールにより、プロセス効率を最適化する最良のパラメータセットをすばやく特定できるようになりました」
初期段階の成果は上々です。たとえば、Erametの2フェーズ直接抽出プロセスは、標準的な蒸発法では18ヵ月で回収率50%のところ、わずか数日の処理で回収率85%を達成します。IFP Énergies Nouvelles (フランス石油研究所)および産業プロセスエンジニアリング・コンサルティング企業のSeprosysと共同で開発されたこのプロセスでは、従来の方法より60%多くの水をリサイクルすることで水の消費量も削減できます。
「リチウムの直接抽出ステップ用に開発されたプロセス・シミュレーション・ツールにより、プロセス効率を最適化する最良のパラメータセットをすばやく特定できるようになりました」Hervé Montegu氏、Erametリチウム事業のシニア・バイス・プレジデント
Montegu氏は次のように述べています。「今日の企業は、技術的な効率性と環境への配慮を世界中の規制当局から求められるという大きな課題に直面しています。当社のプロセスは、最も環境に優しく、資源管理の効率性に優れたプロセスの一つです。また当社は、アルゼンチンのサルタ州をはじめ、活動地域周辺のすべての利害関係者との間に緊密かつ透明な関係を古くから築いています」
進化するバッテリー技術
抽出プロセスの改善以外にも、研究者は炭酸リチウムに代わる、より持続可能な原材料の開発にも取り組んでいます。NexantのアナリストであるSaxton氏は次のように述べています。「開発の焦点は、炭酸リチウムの生産よりも、車載電池用の化学的性質として好ましい水酸化リチウムの生産に置かれています。」水酸化リチウムは、ニッケルの化学的性質が高いため、現在開発中の新しいカソードバッテリーに適していますが、鉱床由来の炭酸塩からの変換に追加のステップが必要となるため、価格が割高になります。
Montegu氏によると、Erametに加え、Lepidico、Nemaska、Rosatomの各社が、新しいバッテリー設計のための水酸化リチウムの生産に取り組んでいます。同氏は「電池産業はエネルギー転換の柱である。」と述べた上で、リチウムイオンバッテリーのリサイクルの増加も、将来のリチウム供給戦略の重要な要素になると指摘しています。
世界中の企業、政府、地域社会がエネルギー変革のために方針を再調整する中、Erametは今後50年間の十分なリチウム供給を確保することで、将来のEV生産における同社の地位を確実なものにするつもりだと述べています。なぜなら、エネルギー転換の動向が今後数年間でどのような展開になるかを予測することは困難だからです。
アナリストのBerry氏は次のように述べています。「リチウムイオンのサプライチェーンにこれほど多くの関心が寄せられ、これほど過剰なストレスがかかっているのを、投資家、政策当局者、自動車メーカーですら、これまで誰も目にしたことはありません。」Berry氏によると、このストレスは今日のリチウム採掘が抱える大きなパラドックスが原因です。サステナブルなプロセスや3Dテクノロジーをはじめとする、世界のエネルギー、製造分野を再形成する目覚ましい変革を反映してリチウムの需要は2031年までに10倍に増加すると予想されるのに、市場のボラティリティによって鉱業技術への短期設備投資が滞りがちである、というパラドックスです。それ故にリチウム製造業者にとって、忍耐と戦略的思考がこれまで以上に重要になるとBerry氏は述べています。「なぜなら、リチウムが社会、経済、そして国の安全面に与える影響は、無視できないほど甚大だからです」
トップ画像: アルゼンチンにある、塩湖とも呼ばれる、地下からくみ上げた塩水を貯めておく場所。(画像 © ERAMET)
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