都市は多種多様な人や組織が存在する場であり、また、複数の独立したシステムが連携して一つのシステムのように振る舞うシステム・オブ・システムズ(SoS)です。都市はこのように複雑さを抱えているので、複雑な物事にも対応できるバーチャルツインで都市の正確な3Dのデジタルモデルを構築し、3DEXPERIENCEプラットフォームを活用して都市開発に関わる関係者全員がオンラインのコラボレーションを行うことで、無駄がない持続可能な未来を構想することが可能になります。
都市は世界のエネルギーの3分の2を消費し、二酸化炭素の70%以上を排出し、大量の廃棄物を生み出しています。そのため、2050年までに地球温暖化を食い止めるための各国の取り組みでは、都市が重要な焦点になっています。今後も都市人口が増え続けると予測される中、政府と産業界は力を合わせて環境インパクトを抑え、より多くの人々にサービスを提供し、感染症や洪水など様々なリスクに対してレジリエントな住宅やインフラを建設、運営、維持しなければなりません。では、どのような方法でこれを実現できるのでしょうか?
たとえば、イタリアの建築デザインスタジオ、カルロ・ラッティ・アソシアティ(Carlo Ratti Associati)の創業者で、マサチューセッツ工科大学のセンサブル・シティ・ラボ(MIT Senseable City Lab)のディレクターを務めるカルロ・ラッティ氏は、都市は社会と環境の持続可能性を最も優先すべきであると提唱し、また次のように述べます。
「都市と都市運営に、データから得られるインサイトをもっと上手く活用すべきです。具体的には、データから得られるインサイトをデジタルテクノロジーに組み込み、運用から得られたデータをフィードバックします。デジタルテクノロジーは、都市を『生きた』状態にすることを後押しするポテンシャルがあります。センサーや人工知能(AI)が組み込まれた建造物は、人間のニーズにリアルタイムに反応することができるからです。センサーを搭載したデバイスも同様に、建物が自然環境と一段と融合することを可能にします」
そして、建造環境と自然環境を融合するには、クラウドベースのコラボレーティブな3DEXPERIENCEプラットフォームとバーチャルツインが不可欠だと証明されつつあります。都市のバーチャルツインは、地形学的、幾何学的、人口統計学的なデータや、モビリティ、人々の健康に関するデータ等を基に構築されたインテリジェントな3Dのデジタルモデルであり、これをもとにさまざまな分野の関係者が協力して都市を理解、探究、シミュレーション、計画することができます。バーチャルツインは3DEXPERIENCEプラットフォームを基盤都市計画のステークホルダーは自らの選択が都市計画の各段階(設計から建設、オペレーション、取り壊し、資材の処理や再利用に至るまで)に及ぼす影響を正しく理解した上で、他のステークホルダーと協力して持続可能なソリューション生み出すことができます。
空間、時間、持続可能性(サステナビリティ)
ラッティ氏は、新型コロナウイルスのパンデミックが、ある意味で都市の、持続可能性をさらに高めるポテンシャルを引き出したと指摘します。たとえば人々が在宅勤務をしたり、ラッシュアワーを避けて出勤時間を変更したりすれば、交通渋滞や汚染が軽減されます。
カルロ・ラッティ・アソシアティは、様々な分野(特にバーチャルツインやAI)の専門知識や技術を集約して、画期的で持続可能な都市のソリューションを創出することに力を入れています。たとえばフィンランドのヘルシンキで進められているプロジェクト、Hot Heart(ホット・ハート)では、海に浮かぶ緑豊かな群島を建設し、島内の大きなため池で再生可能エネルギーを熱に変換して蓄積し、需要の高い時期に使用することを目指しています。このプロジェクトにおいて、バーチャルツインのテクノロジーはエネルギーの需給予測の管理システムに不可欠です。このエネルギー需給予測の管理システムは、ヘルシンキのHot Heartをフィンランドの全国的な電力系統のロードバランサ(負荷分散装置)として使うことも可能にします。さらにHot Heartは、カーボンニュートラルとロードバランシング(負荷分散)を最適化するために、既存の地域熱供給の制御システムと統合されています。
このようなプロジェクトが社会と環境のニーズに確実に応えるには、コラボレーションが欠かせません。
ラッティ氏は次のように述べます。「気候変動のような複雑でグローバルな課題に立ち向かうには、さまざまな分野の専門家のコラボレーションが頼みの綱です。たとえばHot Heartでは、最適なソリューションを生み出すために、私たちは機械工学や海洋技術のエンジニア、微気候の専門家、軽量構造の熟練者、ビジュアル化のデザイナー、ヒートポンプ部品の生産者、エネルギーとデジタルオートメーションのエンジニア、金融アナリスト等に協力を仰ぎました」
バーチャルシティでの共同作業
都市の持続可能性を高めるためにバーチャルツインを活用しているのはカルロ・ラッティ・アソシアティだけではありません。
フランスのレンヌ都市圏(レンヌ・メトロポール)では、バーチャルツインと3DEXPERIENCEプラットフォームのテクノロジーを用いて、都市の計画と管理に関してこれまでにないコラボレーションができるデジタル都市モデル、バーチャル・レンヌを実現しています。バーチャル・レンヌはリアルタイムでコンピューター処理される、レンヌ都市圏のバーチャルツインであり、地理的要素、人口動態、住民の健康状態やエネルギー情報などの多様なデータを統合して相互参照しています。また、権限を与えられた人なら誰でも、クラウド上でリアルタイムにコラボレーションすることができるので、関係者全員が都市生活のあらゆるレベルのアイデアを出し、意見を述べ、シミュレーション、共同作業をすることができます。
レンヌ都市圏で、高等教育・研究・イノベーション担当バイスプレジデントを務めるIsabelle Pellerin氏は、次のように述べます。「レンヌ都市圏の複雑さに対処し、地域のすべてのステークホルダーと協力できる機能が必要でした。バーチャル・レンヌのデジタルな3Dモデルは、大規模なレンヌ都市圏を正確に再現し、また、そのデータベースは他の都市や地域のシステムと接続され、官民のすべての当事者や、とりわけ、住民たちの間の連携を促しています」
バーチャル・レンヌは、建設申請された物が周辺の日当たりに与える影響の検証や、景観を左右する木々の成長予測、近隣騒音のモデリングなど、多くのプロジェクトに活用されています。
レンヌ都市圏の地理情報システムの責任者、Cécile Tamoudi氏は次のように述べます。「バーチャル・レンヌは様々なタイプのデータを横断する機能によって、今では、政策の策定、監視、評価を支える基盤になっています。そして、地域の気候、大気、エネルギー等の計画が大気環境に与える影響や、建物の防水フロアの表面積の算定や、開発が生物の多様性に与える影響などを検討するのに役立っています」
シンガポールのゼロエネルギーの実現に向けて
シンガポールにおいても、コラボレーションはゼロエネルギーの建造環境の実現に向けて前進するための核です。シンガポールもバーチャルツインと3DEXPERIENCEプラットフォームを活用してバーチャル・シンガポールを構築しました。このバーチャルな3Dの都市のモデルは、政府機関や研究員たちが、都市計画に関する協働や、アプリケーション開発、サステナブルな選択を支える環境データを組み込んだテストベッドの構想のシミュレーションを行うことができる、共通の基盤です。 シンガポールの長期的なビジョンにおいては、エネルギー効率化と、エネルギー消費の抑制は最も重要です。そこで、デベロッパーの適切な選択を促すために、シンガポール政府の建築建設局(BCA:Building and Construction Authority)は指導を行うとともに、ビルの環境パフォーマンスを評価する包括的なフレームワークとしてGreen Markの認証制度を設けています。また、ゼロエネルギー実現の道のりの重要な足がかりとして、パフォーマンスが非常に優れているビルにはSLE(Super Low Energy/超低エネルギー)認証を授与しています。
建築家、測量技師、環境保護主義者かつシンガポール建築建設局(BCA)の Super Low Energy Buildings部門の副部長を務めるBenjamin Towell氏は、次のように述べます。「SLE認証を使って世の中の関心をエネルギー消費に向けようとしています。なぜならエネルギーの絶対的な消費量を削減すれば、現在の炭素排出量が減るからです。そうすることが、他のより優れたテクノロジーの実現や、経済全体で炭素の使用量を削減し、既に大気中に存在している炭素を減らすためのアプローチに取り組みながら、気候変動を遅らせることに役立つのです」
また、建築建設局(BCA)の査定員は、政策や規制が締めつけるものではなく建設的なものになるように、プロジェクトのステークホルダーと協議し、建設会社が必要な基準を満たすことを支援する事例や提案を出したり、省エネルギーがコスト節約になることをデベロッパーに実証するために、エネルギーモデルを見直したりします。このようなBCAの活動は、Towell氏がサステナビリティの実現に不可欠だと考えている、マインドセットの変革を促す、ということを体現したものです。
「世界には適切な方向性を定める強力な政策がたくさん存在します。しかし今求められているのは行動と成果に焦点を移すことです」とTowell氏は述べます。「成果や実績は重要な終着点ですが、そこに至るまでの道筋はステークホルダーごとに異なるかもしれません。私たちはさまざまなステークホルダーと共同作業をすることで、従来型の建設プロジェクトのチームに存在するサイロを解消します。そしてGreen Mark認証が、それを支える共通言語になるのです」
そして、Green Mark認証という共通言語を作るのに役立つのは、テクノロジーと、成果を重視することを組み合わせることです。
Towell氏は述べます。「デジタルテクノロジーは、成果を生み出したい人々が活用して共同作業を行ったときに、素晴らしい強みを発揮します。アイデアを仮想空間でモデリングすることで、データを咀嚼し、思考を数値化し、現実世界よりはるかに速いスピードで設計をテストできます。たとえば、ある小さな建築会社は、BIM(ビルディング インフォメーション モデリング)で建物全体の精巧で詳細な3Dモデルをコンピューター上に作成し、それを使って断面図で非常口、非常ベル、警報表示の位置を確認できるようにしました(多くの企業では未だ、このような詳細情報は単純なカット&ペーストで2Dの記号として図面に記載しています)。このようなことを通して、建設会社、クライアント、建設評価員などのステークホルダー全員が完全に理解し、協力しあえる何かが生まれるのです」
世界を一つに
結局のところ、持続可能でレジリエントな都市は、建造環境と自然界の協調の具現化です。そして、何がどう関連していて、提案されたことが生活の質にどう影響するかという点について、完全かつ多面的な像が描けてはじめて、その極致に達することができます。バーチャルツインと3DEXPERIENCEプラットフォームのテクノロジーによるクラウドベースのコラボレーティブなプラットフォームは世界中の都市で、完全で充実した像を描くためのナレッジ、共通の認識、システムレベルの分析を可能にしています。
Towell氏は述べます。「バーチャルツインや3DEXPERIENCEプラットフォームといったテクノロジーツールを活用してより良い成果を出すには、プロセスに合わせてテクノロジーツールを整えるか、ツールに合わせてプロセスを調整することが必要です。つまり重要なのは、このような対応を可能にするナレッジや能力です。このような方法でテクノロジーを活用できれば、これからの経済の中で成功に向けてより有利なポジションを得られるでしょう」
ラッティ氏は、また、都市の持続可能性とレジリエンスを実現するには、テクノロジー重視の「スマートシティ」の概念より広義の、テクノロジーがインテリジェントでインクルーシブな運営を支える、環境や社会に敏感な都市が重要だと述べます。
「都市の、人間という面に焦点を当てた場合、テクノロジーは新たなニーズを作り出すべきではありません。テクノロジーは私たちが今実現したいことの達成を支えるべきであり、それを可能にするのが最新のテクノロジーです。都市計画に対する住民の参加や、デジタルテクノロジー(とりわけバーチャルツイン)の活用により、より住みやすく愛される都市にすることができます」
ダッソー・システムズの建設業界における取り組みについて、詳しくはこちらをご覧ください
Top image: Virtual twin technology is integral to Helsinki’s Hot Heart project’s predictive energy management system. It also integrates with existing district heating control systems to optimize carbon neutrality and load balancing. (Image © Carlo Ratti Associatiion)