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Design & SimulationMay 12, 2026

電磁気学における機械学習

SIMULIA は、シミュレーション技術を活用して業界の未来を形作ろうとするエンジニアリングのリーダーや学術関係者に協力できることを光栄に思っています。今回は、Technical University of Grazの Jan Carsten Hansen 氏(2023 年 SIMULIA チャンピオン)をご紹介します。彼が考える、機械学習が電磁界シミュレーションにもたらす可能性についてお話しいただきます。
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※本ブログは、SIMULIA Blog (英語版)で先に公開されたブログの日本語参考訳です。

SIMULIAによって開催された「Electromagnetic Days」で、Carsten Hansen氏が発表した「EMCシミュレーションのためのAI」プレゼンテーションを是非ご覧ください。

機械学習とは何か、そしてそれが電磁気学にどのように役立つのか教えてください。

電子システムやそれに伴う電磁結合経路は非常に複雑です。一般的なルールがあり、それらは教科書にも記載されていますが、実際の電子設計は非常に多様であるため、ルールベースで電磁的な相互作用を予測するのは不可能です。通常、大企業では長年の経験を持つEMC(電磁両立性)エンジニアが在籍し、彼らはどのようなEMC問題が発生する可能性があるか、またそれをどう緩和するかを判断できます。これを可能にしているのは、豊富な専門知識と、さまざまな製品をさまざまな状況や運用状態で見てきた経験があるからです。

Jan Carsten Hansen氏

機械学習とは「経験」です。私たちは、利用可能なデータに基づいてモデルを訓練します。そして、そのモデルが十分な精度に達したら、訓練された目的に沿って興味深いケースを調査するためにそれを活用します。モデルの主な利点は、多くの変数を扱うことができ、しかも非常に高速に計算できる点です。最終的には、このモデルは熟練のEMCエンジニアが行う判断を模倣しているとも言えます。すなわち、ある観測結果に基づいて、類似のケースについて結論を導くということです。もちろん、熟練のEMCエンジニアの脳は、どんな機械学習モデルよりもはるかに賢く、豊富な推論が可能です。一方で、機械学習モデルは非常に速く学習し、1日24時間休まずに学習し続けることができます。現代では、技術革新のスピードが非常に速く、多くの新技術が登場しています。そして私は、機械学習モデルがEMCエンジニアの知識習得を強力に支援できると確信しています。それは、従来の試行錯誤に基づく方法よりもはるかに早く知見を得ることを可能にするからです。

Graz University of Technologyでの研究において、AIをEMCシミュレーションに統合する主な動機は何ですか?

私には2つの動機があり、これらは異なる成熟度の段階にあります。まず1つ目は 多目的最適化です。製品設計において、「これが唯一の最適解だ」というものは存在しません。常にトレードオフがあり、それは「限られた予算内で求められる品質」といった形で現れます。つまり、お金を多くかければかけるほど、製品の品質や寿命は向上します。しかし、限られた予算の中では同じ品質の設計はできません。ただし、常に目指したいのは「投資した金額に対して可能な限り最高の品質を得ること」です。製品設計では、こうしたトレードオフがいくつも存在します。たとえば、コスト、EMC制限、性能や効率、熱設計などが挙げられます。通常、ある側面を改善すると、他の側面に悪影響が出ることがあります。これらのトレードオフを評価するには、多数のサンプル(設計バリエーション)を検討する必要があります。このとき、機械学習モデルはこれらのサンプルを大量に、そして効率的に生成・評価する手段として非常に有用です。

2つ目は、EMCモデルの複雑さです。特に高周波数領域では、集中定数モデル(いわゆるRLCのような単純な回路モデル)では精度が足りず、電磁界問題として解く必要があります。そのためには、モデルを構築するために多くのパラメータを集めなければなりません。例えば、材料定数、寸法情報、デバイスモデル(特に半導体)、信号を駆動するソフトウェアに関する情報などです。これらをすべて正確に揃えることも可能ですが、非常に時間がかかります。現実的には、多くの設計者が「足りない情報は推測」で済ませてしまうことが一般的です。その結果、3Dの電磁界モデルでは多くのパラメータに不確実性があるという状況が生まれます。パラメータの範囲は分かっていても、正確な値は分かっていないのです。このような「不確実なモデル」を「正確なモデル」に近づけるためには、キャリブレーション(校正)が必要です。多くの場合、対象物に何らかの信号を与えたときの測定データ(応答)が存在するため、それを活用できます。私はこのキャリブレーションに、機械学習を使いたいと考えています。測定データをもとに、モデル内の不確かなパラメータを統計的推論によって最もらしい値に推定するというアプローチです。これは統計的推論の課題であり、「どのパラメータの組み合わせが観測された測定結果を最も正確に再現するか」を探る作業になります。しかし、統計的手法には非常に多くのモデル評価が必要です。そのため、この作業を実用的に行うには、機械学習モデルを使う以外に現実的な手段がないのです。

サロゲートモデルとは何ですか?そして、それはなぜEMC解析に役立つのですか?

サロゲートモデルにはさまざまな定義がありますが、私にとっては、テスト対象システムの物理的応答を模倣する「挙動モデル」を指します。このモデル自体には、物理的な情報、たとえば構造や原理を明示的に含んでいませんが、物理モデルや測定データ、あるいはその両方から構築されるものです。私が扱うサロゲートモデルは、非常に高速に評価可能であることが重要な特徴です。この高速性こそが、サロゲートモデルを強力にしている理由です。基本的には、多数のパラメータに対するノンパラメトリック回帰モデル(non-parametric regression)と捉えることができます。実に多くの手法があり、ニューラルネットワークは実装が簡単なため使われることが多いですが、ガウス過程(Gaussian Processes)や多項式カオス展開(Polynominal Chaos Expansion)など、他にもさまざまな手法があります。

図1:現代の車両には多種多様な電子部品が搭載され、それらが複雑な電子システムを構成している

上述のように、EMCは多くの場合、ケーススタディや経験の蓄積に大きく依存しています。また、EMCは製品の二次的な製品特性であり、優れた電磁適合性が理由で製品を購入する人はいません。そのため、EMC設計は常にトレードオフの問題に直面します。多くの点で可能な限り最高の性能を持ち、かつEMC要件も満たす製品が求められるのです。トレードオフの評価には多くのモデル評価が必要であり、だからこそサロゲートモデルが必要なのです。

AIを用いたEMCシミュレーションの典型的なワークフローは何ですか?CSTのシミュレーション結果をAIモデルにどのように接続しますか?

最初に、モデルを学習させるための初期のサンプリングセットが必要です。これが用意できたら、システムの物理情報を取得する必要があります。これはCSTから取得します。ここでPythonインターフェースが非常に役立ちますが、残念ながらこのインターフェースに関する情報は十分とは言えません。一旦習得すれば、学習データセット上でモデルを何度も評価し、サロゲートモデルを構築できます。この作業は段階的に行うことも可能です。たとえば、小さな学習データセットでモデルを作成し、それをより多くの利用可能なデータでテストします。モデルの精度が十分でなければ、特にモデルの精度が低い領域で、追加の学習データを生成し、学習を続けます。これを「適応学習(adaptive learning)」と呼びます。この方法は、決定論的モデルの計算に非常に長い時間がかかる場合に有効な賢明な戦略です。なお、「AI」という言葉を使うのは少し大げさかもしれません。AIは通常、何千、何百万もの学習データを必要としますが、私たちは単に回帰を扱っており、学習データは数百程度で十分です。これは計算負荷の高いモデルを使うため、実際に扱える最大のデータ数です。

AIで生成されたサロゲートモデルが、フルウェーブシミュレーションモデルと比べて高い精度を維持していることをどのように保証しますか?

それは非常に簡単です。フルウェーブモデル(あるいは他の物理モデル)は常に利用可能です。サロゲートモデルを訓練する過程で、必ずフルウェーブモデルと比較して検証を行います。また、サロゲートモデルを使って最適なパラメータ設定を算出した場合には、必ずそのパラメータを元の物理モデルに適用し、サロゲートモデルが正しく予測しているかどうかを確認します。

AIがEMCシミュレーションへの応用を可能にした、最も重要な技術的進歩は何ですか?

AIや機械学習モデルの最も興味深い特徴は、「次元の呪い」を克服できることです。高次元空間では、データ点が疎になり散らばってしまいます。与えられた設計空間を完全にサンプリングするために必要なデータ点の数は、次元数に対して指数関数的に増加します。例えば、3次元空間で各次元に3つのサンプル(最小値、最大値、その間の1つ)をとる場合、必要なサンプル数は3³=27となります。これが8次元になると3⁸=6,561、15次元になると1,400万を超えるサンプル数が必要になります。

図2:電動パワートレインは電気自動車の心臓部であり、主要な電磁波放射源です。(BMW GroupSteyr Plant提供)

機械学習(ML)はこの問題を解決しました。15次元、さらには18次元の設計空間にも対応できる高度なサンプリング戦略が存在します。これまでに調査したすべてのケースで、学習サンプルは多くても1,000程度あれば十分でした。これは非常に驚くべきことです。そして、この手法はEMCのさまざまな問題に対して効果を発揮しています。例えば、EMIフィルターのモデル、パワーコンバーターのモデル、シールド線の放射ノイズのモデルなどです。

どのような状況でEMCシミュレーションにAIを使うことが最も効果的ですか?

AIの即時的なメリットが現れるのは、電子システムの初期設計における多目的最適化です。初期設計段階では、多くのパラメータが未知です。多目的最適化を用いることで、さまざまな「最適性」の観点から複数の最良設計のベンチマークを迅速に把握できます。もしハードウェアの試作品が既に存在する場合は、その実現が最適なベンチマークからどれほど離れているかを確認できます。AIが解決できないのは、この最適なパラメータセットを実際の3D設計にどう落とし込むかという点です。しかし、多くの最適設計案が生成できるため、その中から実現可能でかつほぼ最適に近いものを素早く見つけ出すことが可能です。

フルウェーブ3Dシミュレーションと比べて、サロゲートモデルはどれくらい高速ですか?また、初期の計算や学習時間を含めた場合、いつ3Dシミュレーションよりも効率的ですか?

時間の短縮効果は非常に大きく、一般的には、4つの要素で考えます。まず、物理モデルの評価にかかる時間が重要です(例えば、簡単なAC回路シミュレーションのように評価時間が非常に短い場合は、MLは必要ありません)。次に、必要な学習データの数も重要です。三つ目に、サロゲートモデルを構築する時間は通常、前の2つに比べて無視できるほど短いです。そして、サロゲートモデルの評価は非常に高速です。私たちのモデルの中には、300マイクロ秒以内に動作するものもあり、数ミリ秒かかるものもあります。学習データが多くなるほど、MLモデルの評価は遅くなりますが、それでも平均して1日に約1,000万サンプルの評価が可能です。これは決定論的モデルでは完全に不可能な速度です。本質的に、私はMLモデルを「モデル」ではなく「解のコンテナ(container of solutions)」と考えています。

今後の展望として、あなたの研究の次のステップや将来の展望を教えてください。

まずは、私たちが提案した最適な設計を実際に見たいと考えています。もしMLを使って既存の設計を上回る設計を迅速に見つけられることを証明できれば、MLの利点を示す非常に優れた証拠となります。私たちは電動駆動装置の研究に取り組んでおり、産業パートナーは私たちの推定結果から実際のハードウェア試作品を必ず作成する予定です。これらの試作品を見て、そしてその性能を評価することを非常に楽しみにしています。

次に、モデルの校正に強い関心を持っています。初期の簡単なサンプルで非常に有望な結果を得ており、次の段階としてこの技術を複雑なハードウェア試作品に適用したいと考えています。これまでにない高精度で高周波のEMCモデルを作成できるかどうか、とても楽しみにしています。

最後に、物理的制約を持つAIモデルの訓練にも非常に興味があります。現在の訓練プロセスは純粋に統計的なものであり、私たちのAIモデルは非常に高度というわけではなく、物理的な関係を理解していません。私たちはマクスウェル方程式を150年以上にわたって解き続けてきたことを考えると、この情報を全て捨てて、全てを確率的にしてしまうのは非常に軽率です。最近、電気回路の基本法則であるキルヒホッフの電流則を理解するMLモデルを構築しました。これは確率的な手法ですが、予測する値に関わらず、すべてのノードの電流の総和が常にゼロになることを教えることができました。これは、MLモデルに人間のエンジニアが当然持っている決定論的知識の一部を装備させるという点で、大きな前進です。物理法則を訓練に組み込むことで、必要な学習データ数を大幅に減らせることを期待しています。これは学習に時間のかかるモデルにとって非常に重要です。この研究はとても楽しく、非常に興味深いものであり、まだ道のりは長いものの、単なる素晴らしい学術的演習以上の価値があります。


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