日刊工業新聞 2019年1月7日掲載 (日刊工業新聞の許可を得てブログに掲載しています)
思い描く未来から逆算を
ある日、博士課程の学生がスティーブ・ウォズニアック氏(アップルの共同創業者)のもとを訪ねると、ウォズニアック氏はこう言った。「君の論文のテーマが技術なら、興味はないよ」。だがその学生が「自分が研究しているのは想像力だ」と説明した途端、ウォズニアック氏は態度を一変させた。「それなら話は別だ」。
【起業とハリウッドの縁】
このエピソードは現代における想像力の重要性を示している。起業の震源地として名高い米国のシリコンバレーが、マサチューセッツ工科大学(MIT)の隣ではなく、映画の都であるハリウッドを擁するカリフォルニア州に出現したのは、単なる偶然ではない。
大方の予想を裏切り、今、人々が探求すべき領域は想像力である。想像力こそは、あらゆる活動の源であると同時に、19世紀フランスの詩人にして批評家であるシャルル・ボードレールが語ったように「今世紀の諸能力の女王」でもある。
想像力が膨大なデータの統計上に表れることはない。すなわち、あなたが過去に関する情報を思いのままに操っても、それが未来を思い描くことにはならない。想像力とは、人が世界を表現し未来を思い描こうとする時、その周りに自らを投影し、おのずと集まってくる一群である。言い換えると、想像力とは互いに交流し、付加し合い、増幅し合う知とノウハウの集合体である。
今日においては、起業家や政治家、科学者の中にさえ、目的と手段を混同している人がいる。しかし自らの存在意義を知り、それを達成するまでの道のりから逆算して進もうとする人は成功する。世界中で話題となっている人工知能(AI)も、逆算の過程上にある手段の一つに過ぎない。
【データ活用で国家変革】
デジタル技術の活用でも同じことが言える。デジタルの最大の価値は、指数関数的に増大するその計算能力ではない。デジタルの価値は、それが提供する予測可能性にある。仮想世界は人々の想像力を具現化し、実験するための空間である。ビッグデータ(大量データ)も、それに意味を与えるモデル(表象)がなければ何の意味もなさないからである。
例えば、シンガポールが国を挙げて推進するプロジェクト「バーチャルシンガポール」は、同国のスマートネーション構想を支え、国民のモビリティー利活用、健康習慣、都市計画、資源の利活用を向上することを目的としている。それらの目的に沿ってシンガポールの都市全体のデジタル化、モデル化が進められている。こうして出来上がるデジタルの3Dモデルと、リアルタイムのビッグデータとを統合することで、同国が目指す変革を支援できる。
【AIは人間の協力者に】
健康や衛生、食糧生産、教育など新しい解決策を必要とする課題は、世界中にあふれている。こうした課題を解決するための製品やサービスの新しい使い方・使われ方の中に、未来につながる力が隠されている。ここではAIは人間を置き換える技術ではなく、知識やノウハウへのアクセスを容易にしてくれる人間のバーチャルな協力者であるといえる。
AIが人間の能力を高め、課題に到達するための解へと人間を導く。それは人々のスキルを引き上げ、技術者をエンジニアに、エンジニアを発明家へと育て上げていく一方、新しい職種の台頭にも寄与するだろう。例えば、都市システムの管理者、マーケットプレイスの設計者やそのオペレーター、エクスペリエンス・デザイナーなど以前には存在し得なかった職種が生まれることになる。
「AすなわちB」といった合理的な思考やプログラミングが可能な論証はもちろんのこと、比喩や例え、想定外の出来事、あり得ないようなアイデアまでもが人間の知性を形作る重要な要素である。つまり、私たちが想像力を解き放つことこそが、起業、産業界、科学、あらゆる分野での偉業へとつながる源である。
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