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設計・シミュレーションJanuary 31, 2024

【デザインとシミュレーションを語る】88 : Simulation Governance診断結果を活用する

今回はSimulation Governance診断の結果をどのように活用するかを議論します。本来Simulation Governance診断を開発した理由は、そもそもの現状を知ることなしに改善/改革はできないので、弱点を定量的に把握してみるということでした。診断ができたということは、その出発点に立てたということですから、その先のステップを、下図を参照しながら、説明していきましょう。
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Avatar 工藤 啓治 (Keiji Kudo)
【第10章 Simulation Governance】88 : Simulation Governance診断結果を活用する

ダッソー・システムズの工藤です。一昨年(2022年)12月に、「87 : Simulation Governance診断結果を分析する」を書いて一段落した気分になってしまい、昨年(2023年)一年間は中断状態でした。失礼いたしました。すでにご承知の皆さんも多いかと存じますが、これまで掲載してきた本ブログの第10章Simulation Governanceの内容を大幅に加筆し、MONOist に寄稿する機会をいただき、「シミュレーションを制する極意 ~Simulation Governanceの集大成~」と題した寄稿記事を2023年8月から連載しています。本ブログといっしょに補完してお読みいただけるとありがたいです。2024年1月時点での最新が第6回となっており、12回を目標に5月まで寄稿される予定です。

連載「シミュレーションを制する極意 ~Simulation Governanceの集大成~」

初回配信の冒頭を引用します。

“連載「シミュレーションを制する極意 ~Simulation Governanceの集大成~」では、この10年本来の効果を発揮できないまま停滞し続けるCAE活用現場の本質的な改革を目指し、「Simulation Governance」のコンセプトや重要性について説く。連載第1回は、CAE活用レベルのデジタル化3段階の解説と、Simulation Governanceという用語の成り立ちを紹介する。”

さて、今回は診断結果をどのように活用するかを議論します。本来Simulation Governance診断を開発した理由は、そもそもの現状を知ることなしに改善/改革はできないので、弱点を定量的に把握してみるということでした。診断ができたということは、その出発点に立てたということですから、その先のステップを、下図を参照しながら、説明していきましょう。

© Keiji Kudo

(1) 診断=現状分析=>意識と気づきと行動

診断を行うときは、その担当者だけが行うのではなくて(まずは試しでやるのはいいにしても)、組織として行うことをお勧めしますし、実際にそうしている参加企業が大多数です。それにより、Simulationへの新たな意識づけと気づきが生まれます。それこそが、出発点です。実際のところ、診断に参加された企業の方々は、自部門はもちろん他の部門にも声を掛けて、議論する場を持ったり、複数部門で診断を行ったりしています。議論をすることで、組織として課題を共有でき、モチベーションが湧き、行動にいたる機会が生まれます。しかも、漠然とした議論ではなく、定量的に明確に自社の弱点がわかるわけですから、アクションも明確になります。いただいたフィードバックの中には、“CAEビジネスのビジョンまでを数年後見据えて、ガバナンスの範疇で考えるようになった。”、あるいは、“社内のCAE技術力を客観的に評価し、その結果をベースに経営層の理解を得て、優先順位をつけて中長期テーマとして取り組んでいけるような組織と企業風土改革を行いたい。”というような、まさに期待していた通りかそれ以上のコメントをいただいている例もあります。

(2) 目標設定:あるべき像の議論

診断の結果、自社の相対的な弱みはわかるのですが、必ずしも弱みのポイントだけを強化すればいいということではありません。強みを持続的に強化すべきかもしれないし、弱みのなかでも優先度を決めて対策を立てる必要があるでしょう。その指針となるのは、まずは、ビジョンです。例えば10年後のビジョンに対して、あるいは5年後の中期経営計画目標に対して、どのようなあるべき像を設定するのかが決まらないと、打ち手が決まりません。打ち手が決まって初めて、このような診断の結果を参照しながら、優先度の高い施策が決まるのです。何度も出てくる、ゴールデンサークル理論のWHY~HOW~WHATの順番ですね。

例えば、開発期間が縮まらないどころか、遅れてしまうという現状があったとします。一方、10年後のビジョンの中に、多様化する世界の需要に対して脱炭素も考慮して迅速に対応するために、電動化商品開発の生産効率を2倍にするという目標が掲げられていたとします。それを実現するためのあるべき像は、手戻りを引き起こさない基本設計のしくみ構築であるとしましょう。そうすると、詳細設計やトラブル対応のためのCAEをいくら強化しても、本質は変わらないことがわかります。課題は最上流にあるからです。

逆の場合もあり得るかもしれません。成熟した製品であれば基本設計はあまり変わることなく、また、試作もコストが掛からず短期間で作れる製品だとしましょう。その代わり、様々な仕向け地や個別仕様に対応する必要があり、実験種類が膨大だとします。そうすると、重要な検証実験だけに絞り込むための、派生設計での3D-CAEのモデリング技術と標準化を強化すべき、というような方向になるでしょう。そうした長期ビジョンなり、中期経営計画で打ち出された目標を達成するために、シミュレーションはどのフェーズでどういう役割を果たすべきかを考えなくてはならないのです。

(3) 計画策定:Simulation Governance活動の10年計画

さて、概ね強化ポイントが絞り込まれたとすると、それを実行に移す計画が必要になります。先の例の前者の場合でいうと、“手戻りを引き起こさない基本設計のしくみ構築”するための技術ロードマップと実行するための計画を立てることになります。手戻りを引き起こさないとはどういうことかを徹底的に突き詰める必要があります。逆説的には、後工程でサプライズが起こらないようにするということですから、後工程での状況を事前に想定しておく、ということになります。ここにシミュレーションをフル活用する価値があります。モノを作って想定することはできないからです。どんな想定をするかは、商品の主性能を選択し、商品の仕様や使い方を表現するパラメータを選択し、その組み合わせで失敗する可能性のあるあらゆるパターンを調べ、あるいは満足するパターンをしらべるというデータサイエンス的なアプローチを想像することができるでしょう。そのためのシミュレーション技術は何か?本ブログを読まれてきた皆さんはすでにおわかりですね。おのずと、答えは出てくるのです。1D-CAEを使いこなす、想定設計を行う、多目的最適設計とトレードオフ検討を徹底して行うということに尽きるのです。

このロジックは単なる一例ではなく、非常に多くのおそらくはすべての企業の設計プロセスに有用な考え方です。製品もモデルも設計変数もシナリオ種類も数も性能種類もすべてが異なるわけですから、3Dモデル段階では共通性はほぼないと言えますが、最上流の基本設計段階では同じようなアプローチを取ることができるのです。上流になればなるほど、その製品の本質設計をしていることになるので、共通になっていくのです。そこがポイントとなります。

(4) 実践:設計変革プロジェクトと連携

体制・予算・スケジュール・マイルストーンを設定して、3年から5年かけてプロジェクトを実施することになります。昨今、目にしない日はないDX(Digital Transformation)を実施して、成果を出すということになるわけです。その際大事なのは、10年ビジョンに基づく、3~5年後のあるべき像をどのように描くかになります。このあるべき像を最初から持っているお客様は実際のところほとんどありません。もちろん、役職が上の立場になればなるほど、会社の将来を考えますから、立場に応じての将来像を持っておられる場合もありますが、少なくとも会社全体もしくは事業部として、明確なあるべき像を事前に持っていて、DXプロジェクトを進められることは少ないのです。ですので、関係者が納得したあるべき像を作成し、そこに至るための計画を考え、実際に実施にいたるまでは(いわゆる準備期間)トライアルを含め最低でも2年、通常は3年はかかります。そこからようやく3~5年のプロジェクトが遂行されます。

準備期間を含め、このような長いスパンでの活動になりますので、弊社ダッソー・システムズでは、これまで説明してきた(1)~(4)の流れを、Value Engagementプロセスと名付けて、お客様と歩む活動を提案しています。その最初のフェーズである、Value Assessmentは現状と課題を把握するためのヒアリングがメインになるわけですが、Simulation Governance診断はまさにValue Assessmentフェーズでの分析結果として活用できるということを申し述べておきます。

(5) 持続:組織的・時間的な持続のしくみ

さて問題は、いかにこうしたプロジェクトを持続させていくかです。10年ビジョンを作る意味はここにあります。具体的な目標をもってプロジェクト化できるのは、平均3年、長くて5年です。その先は組織が変わり、環境が変わり、技術が進歩していくわけですが、そうした変化のなかでもビジョンを変えることなく、継続プロジェクトに引き継がれないといけないわけです。私が見聞きしてきた長期ビジョンに基づく活動例を申し上げますと、キャタピラー社のVirtual Product Development (VPD)が有名です。実のところ、Simulationのことを、キャタピラー社内ではVPDと読んでおり、VPDという名前の部署や役割になっているのです(検索すると公開情報から得られます)。このことからも、Simulationが単なる技術ではなく、設計プロセスと一体化された総合的な取り組みとして理解されていることがわかります。そして、このVPDプロジェクトはなんと、2000年代初頭から始まっていたのです。これこそが、Simulation Governance的活動そのものと言っていいでしょう。

さて、Simulation Governanceを実践するお話がまとまったところで、第10章を終了いたします。同時に、本ブログも終章を迎えるときが来ました。Simulation Governanceが2015年来これまで書いてきたことのまとめの位置づけになっていたこともあり、10章で終えることはかねがね決めておりました。また、私事ではありますが、2024年1月末をもって退職させていただくことになりましたので、個人的にも切りのいいタイミングです。昨年のような長い中断期間もありながら、長らく続けてこられたのは、熱心に読んでいただいている読者の皆さんがおられるということを感じてきたからです。お会いして、本ブログを読んでいると言ってもらえることは、大きな喜びでした。長らくお付き合いいただいてきた読者の皆様に深く感謝申し上げます。

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