【第10章 Simulation Governance】 80 : CAE部門の位置付けと役割~CAE工房からDemocratizationへ
ダッソー・システムズの工藤です。
仕事柄、これまで多くの“CAE部門”の方々とお会いし、会社ごとの違い、産業での違い、組織変遷を見てきましたので、Simulation Governanceを語るうえで重要な、CAE部門の位置付けと役割についてまとめてみたいと思います。
1.組織としての位置付け、技術向上研修の効果
企業におけるCAEは設計業務を支援するという基本的な役割がありますので、会社の製品構成や業態に応じてどのように支援すれば最も効率的かという観点で、集中型にすべきか、分散型にすべきかという大問題があります。一般に単一製品を開発している会社では、技術開発力を集約させるために集中型が多い傾向がありますが、何年かのサイクルで設計部門に展開されて設計活用を促進させるために分散型に移行する場合も見られます。以前の総合電機産業や重工産業のように(こういう呼び名も今は昔ですね)全く異なる製品を事業部単位で開発している場合は自ずと、分散型の組織になるわけですが、そうなると技術ノウハウの共有・流通性が失われてしまいます。そういった状況を補いむしろ強みにするために、CAEの技術開発や委託を実施する横断的な部署や情報交換会があったりします。そのような組織がある会社とない(ように見える)会社とでは、CAEの活用力や底力が大きく違うように感じています。
最適設計やロバスト設計技術の啓蒙活動をしていた時期に、1年間のシリーズ的な勉強会をある会社に企画したところ、全国のさまざまな事業部から何十人ものCAE関連エンジニアや設計者が集まって、毎回非常に活発な議論になりました。そのイベントをいっしょに企画し運営したのは、本社研究開発部門のCAEグループでしたが、集まってきたのは全く異なる製品を開発している各地各事業所に分散したCAEに従事している人たちだったわけで、集中と分散がうまく機能していた素晴らしい例でした。社内のコミュニケーション活性化と共有にも役立ったとの評価をいただいたことに加え、しっかりと製品販促にもつながったのでした。その企画は、あるテーマを決めて、教授レベルの研究者を基調講演にお招きし、当時の私の会社が関連事例や製品のデモを行い、最後にその企業の社内実例を紹介するという3段構成のミニセミナーの形式で行ったので、一回のセミナーで基礎から実例まで理解できると非常に好評でした。そうした地道な勉強会を実施できる会社には、おのずと体力がついてくるのがわかるのでした。
応用する製品はまったく異なっていても、解析領域という軸では似たような技術やモデル化が使われるのがCAEの特徴ですから、こうした部門横断的な技術研修・事例学習を行うことで、自分の経験の何倍もの経験ノウハウを得ることができますので、地味ですが非常に有効なのです。それを実行するには、中心となる部署やキーマンの熱意と実行力が必要となります。こうした活動も、Simulation Governanceのテーマの一つです。
2.CAE部門の役割 – CAE工房からDemocratizationへ
CAE部門が行わなければならない業務は実に多岐にわたっており、筆者の経験では下記の6種類の業務に区分することができます。
- 研究開発:新たな現象をシミュレーションで再現すべく、プログラムやモデルを成熟化させる業務
- 技術開発:設計検討に活用できるレベルまで、計算精度を上げ、計算速度を速くし、モデルをロバストにする業務
- 設計開発:設計者がCAEを手間をかけずに実行し、設計判断できるようなツールを開発・支援する業務
- 設計支援:量産設計プロセスの中で、ルーチンワークとして解析を実施し、設計検討を行う業務
- 委託解析:設計部門から、高度なCAEのモデル化と計算を請け負い、設計提案や課題分析を行う業務
- 人材育成:従来技術の成果や経験知を蓄積・再利用し、CAEに携わる人材を教育する業務
必ずしも1つの部門ですべてをまかなう必要はなく、複数部署で役割分担し、うまく連携できていればいいわけです。実態としては、産業、製品タイプ、部署人数やエンジニアのスキルレベル、育成期間に依存するので、なかなか理想的な役割と構成でCAE部門を運営することができないのが現状で、多くて4つぐらいの役割をどうにかこなしながら、不足している領域は関連部署と連携しているというのが、CAE部門の現状かと思われます。とはいえ、この”連携“というのが曲者で、実際のところは縄張り争いやサイロになってしまうこともしばしばとなります。
規模的には、産業や会社規模にも依存しますが、設計者数を基準にして、10~15%の人数がCAE専任者+兼任者の総数になっているというのが、だいたいの経験則です。設計者が100人の会社/事業部であれば、10~15人のCAE部門や担当者、1000人であれば、100~150人が想定すべき人数と解釈できますので、もしそれに足りていないようであれば、十分な要員を抱えていない可能性があると判断できます。昨今、モデルベース開発が広く叫ばれ、大きな実績もできている現状、今後さらに加速されるであろうことを考えれば、15%という割合は控えめであって、20~25%とか、あるいは設計者全員にCAEの基礎技術を習得させるという企業がでてきてもおかしくありません。事実例えば、モデルベース開発で大きな実績を示してきたマツダが、“「モデルベース開発」(MBD)ができる人材を大幅に増やす”という、非常にインパクトのあるニュースが出たのが、2016年です。
自動車設計、シミュレーション駆使 マツダ、技術者900人育成
これまでCAEは、高度な知識と経験をもたないと従事できない専門領域の業務でした。いわば職人技を育成するCAE工房的な位置づけです。しかし、モデル化技術が成熟し、精度が向上し、計算が速くなり、使いやすくなった昨今では、設計者が活用するのは当然のことで、設計開発から生産にいたるさまざまな職種の人たちが何等かの形でCAEの恩恵を被る状況、いわゆるCAEのDemocratization(民主化)が進んでいくはずです。そのような需要拡大やCAE活用の変容に追いつけるような体制、ひいては会社としてのGovernanceの存在が、昨今のデータ活用とともにその企業の開発力の質を大きく左右するに違いないのです。