ライフサイエンス業界は、人々が健康で長生きできるよう常に進歩を続け、新型コロナウイルス感染症が未だ収束しない中でも希望の光を灯しています。しかし、業界は、事業活動により生じる環境への影響を軽減しなければならないという圧力にも直面しています。社会と従業員と環境、それぞれに与える影響のバランスを模索する業界に、デジタル・テクノロジーが解決策を提示しています。
###
新薬の上市には平均10~20年かかりますが、新型コロナウイルスのワクチンは、開発からわずか1年以内で接種までこぎつけました。2021年夏には世界全体で50億回以上もの投与が行われました。この背景には、研究機関や規制当局、製薬メーカーが通常とは異なる新しいマイルストーンを打ち立て、共有できたことがありました。
米国を拠点とするライフサイエンス業界のアナリスト企業Axendiaの代表を務めるダニエル・マトリス氏は次のように語っています。「イノベーション・サイクルの加速は、ライフサイエンス業界でのニューノーマルになっていくでしょう。これからは全ての関係者が創薬サイクルの全体像を把握し、あらゆる段階で連携しながらそれぞれの洞察やフィードバックを共有できるようになります。こうしたアプローチにより、すべての組織が早い段階から新薬の持つ可能性を理解し、安全で効果の高い候補薬を迅速に市場に投入できるようになります」
一方で、EYでグローバル・ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネスのリーダーを務めるパメラ・スペンス氏は「投資家は、売上や成長率を超えた基準に基づき、ライフサイエンス企業を評価するようになってきています。個人の健康だけでなく、健全な社会や環境を支える『持続可能な開発目標』に、これらの企業がどのように貢献しているかも評価の基準になっています」と語ります。
つまり今日のライフサイエンス企業は、業績はもちろんのこと、二酸化炭素(CO2)排出量の削減をはじめとする持続可能な開発目標の達成に向けて、意欲的に取り組んでいることを証明する必要があります。
CO2を80%削減する「連続生産方式」とは?
シンガポールのバイオテクノロジー企業Amgen(アムジェン)は、次世代型バイオマニュファクチャリング生産施設の運用を開始しています。これは、効率的で、環境に配慮し、迅速かつ低コストで生産性を高める製造プロセスを実現するために設計されました。Amgenの施設では、柔軟性の高いモジュラーデザインの考え方が採用されており、生産の拡大や設備の切り替えを容易に行うことができるため、一つの施設でさまざまな薬品の製造に対処できます。こうした生産能力は、疫病の発生時などに対応に不可欠なものです。
このAmgenの例は、バッチ生産から連続生産への移行がライフサイエンス業界のメーカーにおいても拡大していることを示唆しています。連続生産はバッチ生産とは異なり、製造段階が進む毎に停止と再開を繰り返す必要がないため、中断することなく生産可能になります。
PwCはブログにおいて、連続生産を採用すれば、ライフサイエンス業界のCO2排出量を80%削減できると試算しています。同ブログでは、「連続生産方式を採用することで、製薬会社は最良かつ最新の技術を活用して効率化を図るだけでなく、CO2排出量削減目標の達成に向けて役割を果たしていることを、一般の人々に向けて発信することができます。連続生産の柔軟性によって、設備を将来的にも有効活用できるように設計でき、投資リスクを軽減しながら、複数の既存薬の生産や今後開発される革新的な治療薬の生産に備えることができます」とまとめています。
医療現場におけるバーチャルツインの可能性
ライフサイエンス業界がグローバル規模の連携を進めていけば、新薬に関わる意思決定がより迅速に行えるようになります。規制当局は重要なデータを事前に確認できるようになり、承認プロセスを迅速に進めることが可能となります。最終的には、こうした連携がより多くの人々の生活を向上させ、多くの生命を救うことにつながります。
クラウド上で全関係者の活動を調整できるビジネス・イノベーション・プラットフォームは、同時連携を実現する確実な手段です。このプラットフォームがバーチャルツイン・エクスペリエンスの基盤となり、異なるニーズやシーンに応じて科学的に正確な3Dシミュレーションを共有できるようになります。こうしたコンピュータ・シミュレーションを活用して、研究員がいち早くあらゆる手法を試して(新薬や新治療法の)採用・不採用を判断できるようにすることで、患者を危険に晒すことなくバーチャル環境で開発や実験を迅速に行えるようになります。さらに、一人ひとりの患者に最も有効な治療法を特定する際に役立てることができます。
韓国の衛生・歯科用品メーカーのMeta Biomedは、生体適合性材料による人体への影響やそれによる人体の反応についての理解を促進すべくバーチャルツインを採用しています。いずれは、そのシミュレーションによって、外科医が事前に各患者に合った適切な縫合糸や医用素材を選べるようにし、患者の痛みの緩和や早期治癒、さらには最善の手術結果を実現できるようにします。
「当社は、将来的には個別化医療に焦点を絞っていく予定です。その実現には、データとシミュレーションが非常に重要になります。当社のお客様は、外科処置の前後に予測と結果を確認できるようになるため、正確なデータに基づく品質の高いサービスを期待できます。当社は、デジタル・データとカスタマー・エクスペリエンスによってもたらされる、さらなるイノベーション能力の向上に期待しています」と、同社のバイスプレジデントであるユ・ヨンチュル氏は語ります。
「コンピュータを用いて研究を行うことで、たった1回の物理的試験を実施する間に、何千回ものテストを実行することができます。研究開発の早い段階で、将来性のある分子や化合物を迅速に特定するために、バーチャルツインを活用することができます。最終的には、コンピュータ試験を活用して、患者の生体内で研究する必要性を最小限に抑えることができます」と前述のマトリス氏は解説します。
マサチューセッツ工科大学が実施した調査によると、開発に長い年月をかけても、上市できる新薬はわずか14%程度しかなく、創薬全体のコストに大きな影響を及ぼしていることが明らかになりました。バーチャル試験を普及させることで、創薬における成功率も大幅に高めることができます。
欧州委員会が支援するSimCardioTestという国際的な研究プロジェクトでは、10の団体が協力して、循環器疾患を予測する新しいツールを設計しています。このプロジェクトは、コンピュータ・モデリングやシミュレーションを活用することで、いかにして新薬や医療機器の開発コストを抑え、市場投入までの期間を短縮できるかを実証する目的で行われています。
プロジェクトに関わる組織は「新薬や医療機器の開発には、登録プロセス以外にも多くの時間と費用がかかり、持続不可能になってきています。モデリングとシミュレーションを活用すれば、こうしたコストを最大50%まで削減できます」と現状を語っています。
ライフサイエンス業界が直面する課題
新型コロナウイルス感染症により、ライフサイエンス業界では、医薬品を市場に出すまでのプロセスを変革するための医療制度の強化や最新テクノロジーの導入に向けて、より明確な取り組みが必要になっていると、マトリス氏は解説しています。
「多くの組織では、医薬品の申請が承認されてから特許が切れるまでの12~15年間の事業継続を見越して設備に過剰な機能を持たせてしまい、時とともにそれが実質的に機能しなくなってしまうことがあります。それはバリューチェーン全体の効率性と近代化を損なうことにつながります。多くの現場では未だ従来の形式が残ったままですが、私たちは常に前傾姿勢で臨めるよう変わらなければならないのです」と、マトリス氏は今後の在り方を提案しています。
###
ダッソー・システムズのライフサイエンス&ヘルスケア業界について
https://www.3ds.com/ja/industries/life-sciences-healthcare
本記事はダッソー・システムズのCompass magazineからの抄訳です。オリジナル記事(英文)はこちら