Tina Morrison氏 FDA(アメリカ食品医薬品局)Regulatory Science and Innovation部門 部門長 インタビュー
画期的な医療技術を患者に迅速に提供するには何をすべきでしょうか。私たち、アメリカ食品医薬品局(FDA)の医療機器・放射線保健センター(CDRH)の局員は、毎日このことを自問しながら取り組みを続けています。
私たちの役割は、高品質で安全かつ効果的な医療機器へのアクセスを提供することによって、公衆衛生を保護、促進することです。これは決して容易なことではありません。当センターでは、米国で販売されている約175,000台の医療機器を監督し、新技術の承認申請を毎年約22,000件受理しています。規制対象の医療機器は、リスクの低い製品から、心臓弁、人工股関節全置換術、血管用ステント、血液ポンプなどの救命機器に至るまで多岐にわたります。
これらの機器の開発とテストは厳格なプロセスを踏みます。加えて、費用と時間のかかる臨床試験や動物実験は煩雑で、革新的な技術に対する規制当局の評価を遅らせる可能性があります。そして、この遅れが患者の生死を分ける場合もあります。私たちはこのような遅れを無くすことに尽力していますが、スピードの向上は安全を確保した上で実現しなければなりません。
シミュレーションが切り開く変革への道
ここで鍵を握るのが、科学に基づいた高度なコンピュータシミュレーションです。シミュレーション機能と精度の向上によって、これまでの、大抵一つのデータソース(たとえば、典型的な患者集団で安全性と有効性を確認する臨床試験一件)だけに基づく承認プロセスから脱却し、将来的には、計算モデリングなどのデジタルなエビデンスから得られるデータに頼ることが増えるとともに、過去やリアルタイム、予測されるデータを用いて医療機器の有効性と性能を把握できるようになる可能性があります。
それに加え、患者の身体のデジタルモデルにおけるシミュレーションが、実際の生体で生じる主な様相や付随する状況を正確に再現できることが証明されれば、将来の臨床試験は部分的にでも、バーチャルなシミュレーションに移行できる可能性があります。つまり、新しい機器を実際の人体でテストする必要性と、動物実験の必要性が減るのです。
このような、バーチャルなシミュレーションによる臨床試験は、in silico(コンピュータを使った)試験として知られており、既に大きな将来性を発揮しています。たとえば、最近FDAに承認申請された先進的な乳房スクリーニングシステムは、400人の女性被験者を何年間にもわたって電離放射線に二重曝露するという臨床試験によるものでした。しかしFDAが開発したコンピュータシミュレーション・ツールを用いて2,986人のバーチャルな被験者を対象に、完全にin silicoのシミュレーション試験を実施したところ、バーチャルな臨床試験のシミュレーション結果が実際の臨床試験と一致することが判明しました。シミュレーションが現実と一致したのです。
最近では、次世代の新たなペースメーカーの安全性を確認することや、さまざまな皮膚疾患の治療用の局所ゲルであるミルバソゲルの承認をサポートすることを目的としたin silico試験も実施しています。
イノベーションの新たな波
私たちの次なる取り組みは、重要なものです。当センターでは今、極めて正確かつパーソナライズされた人間の心臓のデジタルモデルを開発して、心血管系のin silicoの医療の確立を目指す画期的なイニシアティブ、リビング・ハート・プロジェクトに、心臓血管の研究者、教育者、医療機器開発者、規制当局、ソフトウェア開発者、心臓病専門医と協力して取り組んでいます。
私たちの最終的な目標は、バーチャルな患者で得られたデジタルなエビデンスのための道を切り開き、必要に応じて臨床エビデンスの代わりに使用することです。これによって、人体を用いた臨床試験に伴う時間、コスト、リスクを大幅に軽減し、救命のための医療機器や医薬品をより短期間で市場に投入できるようになるのです。
審査プロセスの変革
医療機器の現行の審査プロセスは、これまで数々の改善を重ねてきたものの、メーカーが静的な記録形式である紙の書類ベースで承認申請を行う、一方通行のシステムであるという点で非効率的です。
では、もしメーカーがFDAの規制当局者を、クラウド上のコラボレーティブな、製品を革新するためのプラットフォームに招待できるとしたらどうでしょうか。このようなプラットフォームがあれば、規制当局者がAR(拡張現実)ヘッドセットを装着し、バーチャル環境のシミュレーションにおいて自ら機器を操作し、「体験」できるので、より確実、効率的で明快な審査プロセスにつながります。
そして、in silico試験に基づく審査は、確かなエビデンスを生成し、質の高い意思決定を確保しつつ、規制当局による審査の各段階に要する時間を短縮します。結果として、患者が安全で効果的な医療技術にすばやくアクセスできるようになります。また、人体でのテストや in vivo(主に動物の生体を用いた)検査の必要性が減り、患者と動物の両方の負担が軽減します。
現実環境から仮想環境への移行は簡単にすばやく行えるわけではありません。人体の正確なモデルを作成するには、臨床現場からの知見が必要であり、私たちはこの長い道のりの一歩を踏み出したばかりです。しかしそれは、動物と人間の両方を被験者とする必要性を減らすことや無くすことにつながり、より良い治療オプションをより早く患者に届ける可能性を秘めています。
私はFDAがこの変革を主導していることを誇りに思うと同時に、この取り組みから学んだことを世界中の規制当局や業界の専門家と共有できることを楽しみにしています。
Tina Morrison氏プロフィール:Tina Morrison氏は、アメリカ食品医薬品局(FDA)のRegulatory Science and Innovation部門の部門長です。同氏は2016年、モデリングとシミュレーションを対象としたFDA全体の作業部会を主導し、医療機器承認申請のモデリングに関する画期的なガイダンスを策定しました。2019年には、米国機械学会のチームを率いて医療機器の計算モデルを評価する手順書を作成し、FDAのFederal Engineer of the Year (その年の優秀なエンジニア系職員に連邦政府から贈られる賞)に選出されました。